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Moonlight Journal · Library

マッチングアプリに疲れるのは、恋愛に向いていないからではない。

スワイプ、比較、自己紹介のやり直し、返信、選択肢の多さ。「出会いやすくなった」時代に、なぜ出会いの作業そのものが重くなるのか。恋愛疲れを、個人の弱さではなく仕組みから考える。

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出会える人が増えれば、恋愛は簡単になる。

マッチングアプリが登場したとき、その期待はかなり自然でした。

実際、オンラインでの出会いは日本の結婚にも無視できない存在になっています。国立社会保障・人口問題研究所の2021年調査では、近年結婚した夫婦の13.6%がSNSやマッチングアプリなどのインターネットサービスを通じて知り合ったとされています。

つまり、アプリは「本当の出会いではない」と片づけられるものではありません。

一方で、出会いやすさがそのまま疲れにくさを意味するわけでもありません。

そして、疲れている人の多くは、そのあとに小さな自己採点をつけ加えます。

自分は恋愛に向いていないのかもしれない。人を見る目がないのかもしれない。もっと明るく返せる人なら、こんなに消耗しないのかもしれない。

けれど、同じ疲れ方をしている人が、あまりにも多い。同じ場所で、同じ順番で、同じところが削れていく。これだけ揃うと、それは性格の問題というより、置かれている仕組みの問題だと考えるほうが自然です。

この記事は、仕組みのほうを見ます。

人に会う前に、何百回も小さな判断をする

プロフィールを見る。

写真を見る。

文章を読む。

左か右かを決める。

マッチしたら、話すか決める。

返信する。

会うか決める。

オンラインデートは、一人の相手に集中する前に、多数の小さな選択を要求します。

一つひとつは、一秒もかからない判断です。だからこそ、消耗していることに気づきにくい。重い荷物を運んだのなら腕が痛みますが、軽い判断を四百回した日に、どこが痛むのかは自分でも説明できません。

夜、アプリを閉じたあとに残るのは、誰とも会っていないのに人と会ったあとのような疲れです。

実際には、会ってはいません。会うかどうかを、四百回決めただけです。

選択過多という説明では、足りない

この疲れは、たいてい「選択肢が多すぎるから」と説明されます。

その説明には裏づけがあります。恋愛相手の候補が増えると、かえって誰も選ばないほうへ傾く。スピードデーティングの研究では、候補の種類や人数が増えた状況で、そうした傾向が観察されました。新しい研究でも、選択肢の豊富さが可能性を広げる一方で、選びにくさや後悔を増やしうることが議論されています。

ただ、この説明は、疲れの半分しか説明していません。

選択過多が語っているのは、「選ぶ人」の話です。棚の前に立って、決められなくなる人の話。

でもアプリの上では、あなたは棚の前に立っているだけではありません。棚の上にも並んでいます。

そして、棚の上にいる時間のほうが、ずっと長い。

毎回、自分を最初から説明する疲れ

アプリには、もう一つ独特の疲労があります。

「はじめまして」を何度も繰り返すことです。

仕事は何ですか。 休みの日は何をしますか。 何を探していますか。 どこに住んでいますか。 最近ハマっていることは。

ひとつひとつは普通の会話です。

でも、同じ自己紹介を何十回も繰り返すと、自分自身がプロフィールのように感じられる瞬間があります。

そして、繰り返すうちに、その説明は少しずつ上手くなっていきます。どこで笑いが取れるか、どの話が続きやすいか、どの表現が重く受け取られるかが分かってくる。

上手くなっていることに気づいた瞬間、少し嫌な気持ちになる人がいます。

その感覚は正確です。上手くなったのは、あなたの人生の話し方ではなく、あなたの人生の売り方だからです。

相手を知る前に、互いを効率よく分類する作業になる。

恋愛の入口が、少し採用面接に似てくる。

二秒で伝わる自分をつくる作業

プロフィールは、要約です。

身長。仕事。休日の過ごし方。好きな食べ物。求めている関係。

どれも本当のことです。そして、どれもあなたではありません。

ここで求められているのは、自己紹介というより、読み取りやすさです。二秒で判断できる形に、自分を圧縮すること。

圧縮は、いつも同じものから削ります。

矛盾。ためらい。説明に時間がかかる部分。冗談なのか本気なのか、その場にいないと分からない部分。

つまり、実際に会えばいちばん魅力になりうるところから、先に落ちていきます。

そして残るのは、誤解されにくい自分です。

誤解されにくい自分は、安全ですが、あまり面白くありません。何十人分も並べれば、どれも似て見える。

「みんな同じに見える」という感想は、たぶん相手の側の問題ではありません。全員が、同じ圧縮をかけているからです。

面接には結果が出る。ここには出ない

採用面接に似ている、とよく言われます。

でも、面接のほうがまだ親切です。面接には終わりがあり、たいていは結果が伝えられます。落ちた理由は分からなくても、落ちたことは分かる。

アプリには、それがありません。

返信が来ない。それだけです。

考えているのか。忙しいのか。見てもいないのか。別の人と進んでいるのか。こちらのどこかが引っかかったのか。

分かりません。そして相手には、説明する義務がありません。

義務がないことは、悪いことではありません。断る理由を毎回説明させられる仕組みのほうが、おそらく残酷です。断る自由には、黙って断る自由も含まれます。

けれど結果として、この場所では、評価は絶えず行われ、理由は一度も返ってきません。

沈黙が、この仕組みの主要な返事になっている。

人は、理由の分からない不合格を続けて受け取ると、自分で理由を作り始めます。そして自分で作る理由は、たいてい自分に厳しい。

「写真が悪かった」「歳のせいだ」「返信が遅かった」

どれも確かめようがありません。確かめようがないものは、いつまでも残ります。

選ぶ側と、選ばれる側を同時にやっている

この仕組みの奇妙なところは、役割が固定されないことです。

一日のうちに、あなたは何十人かを二秒で判断し、何十人かに二秒で判断されます。買い物客であり、同時に商品でもある。

どちらの側でも、相手の全体は見えていません。

そして、この二つは同じ心の使い方をします。人を要約する練習をした日は、自分のことも要約して考えるようになります。

「三十四歳で、この仕事をしていて、休日はこれをする人」

履歴書としては正しく、人としては少し寂しい。

自分を商品として見る時間が長くなると、休んでいるときも、その目が消えなくなります。鏡の前で、写真の写り方を考えている。友人との会話の途中で、この話は使えるかを考えている。

疲れの正体は、たぶんそこにあります。作業が終わっても、視点が終わらない。

もう一つ、覚えておきたいことがあります。

二秒で判断されることは、雑に扱われることとは違います。相手の側にも、二秒しか与えられていないからです。誰も意地悪をしていません。それでも、二秒で伝わるものだけが伝わる。

だから、この仕組みで誰かから返事が来なかったとき、そこで起きたのは「自分が劣っていた」という出来事ではありません。「自分の良さが、二秒に収まらなかった」という出来事です。

この二つは、頭では簡単に区別できます。四十回続くと、区別が難しくなります。

「もっといい人がいるかも」が終わらない

アプリでは、いま話している相手の後ろに、常に次の候補がいます。

この人でいいのか。

もっと合う人がいるのではないか。

もう少しスワイプしたら。

選択肢が豊富であることは自由です。

でも、比較が終わらないと、目の前の人に注意を向けることが難しくなることがあります。

そして比較は、相手に対してだけ働くわけではありません。自分に対しても働きます。

自分より写真の上手い人。自分より文章の面白い人。自分より若い人、自分より条件の整った人。

画面の中には、常にその全員がいます。

これはアプリが悪いという話ではありません。

デザインと人間の判断力の相性の話です。

写真に写らないものは、選ばれにくい

正確に言えば、アプリは人を選ぶ仕組みではありません。写真と短い文章を選ぶ仕組みです。

そこには、得意なものと不得意なものがあります。

写るもの。顔立ち。服の趣味。旅行。犬。整った生活。

写らないもの。声。話の間の取り方。人の話を最後まで聞く癖。一緒にいると呼吸が浅くならないこと。三時間経っても気詰まりにならないこと。

後者は、多くの人が実際に長く一緒にいたいと思う理由そのものです。そして、そのどれもが写真に写りません。

「会えば分かるのに」という感覚は、思い上がりではありません。多くの場合、事実です。

ただ、会うところまでの選抜が、会って分かるものを測っていない。

だから、この仕組みで選ばれにくい人がいるのは、その人の魅力が足りないからではなく、その人の魅力の種類が、この装置の測定範囲の外にあるからです。

「婚活」「恋活」という言葉が、恋愛を仕事にする

日本語には、「就活」から連なる言い方があります。婚活。恋活。妊活。

便利な言葉です。目的があり、手順があり、進み具合がある。

同時に、この言い方は、恋愛を「活動」にします。

活動には目標があり、目標には達成度があり、達成度には遅れがあります。

「今月はあまり動けていない」と感じるとき、あなたは恋愛について話しているのではなく、業務の進み方について話しています。

そして業務は、気分が乗らない日でも進めるべきものとされています。

会いたい人がいないから会っていない、という状態は、活動としては停滞ですが、人生としては何も問題がありません。

停滞と、休息と、単に今そういう時期であることは、外から見ると同じ形をしています。区別できるのは本人だけです。

数字が言えること、言えないこと

13.6%という数字は、アプリを通じて出会った人たちが結婚していることを示します。それは事実です。

その数字は、アプリが疲れないことを示してはいません。逆に、多くの人が疲れていることを示してもいません。

同じように、未婚者の約3人に1人が異性との交際を特に望んでいないという2021年の調査結果も、その理由までは語りません。仕事、価値観、時期、過去の経験、生活の余力。どれもありえます。

それを「恋愛離れ」という一言で片づけるより、複数の理由がありうると考えるほうが自然でしょう。

そして、海外で行われた実験の結果を、そのまま日本の女性の経験に当てはめることもできません。

だからこの記事は、原因を確定していません。

していることは、疲れを分けることだけです。

選ぶ疲れ。説明する疲れ。返事が来ない疲れ。並べられる疲れ。

どれが自分の疲れなのかが分かると、対処が変わります。選ぶ疲れなら、候補を減らせば軽くなる。並べられる疲れは、候補を減らしても軽くなりません。

疲れたら、恋愛そのものを諦める必要はない

アプリを休むことと、恋愛を諦めることは同じではありません。

交際を望んでいない時期があってもいい。

国立社会保障・人口問題研究所の2021年調査でも、未婚者の約3人に1人は異性との交際を特に望んでいないという結果が示されています。

アプリを消すことは、決断ではなく休憩でありえます。三ヶ月後に戻ってもいいし、戻らなくてもいい。戻ったときに、前より疲れにくくなっていることもあります。

ただ、休むときに一つだけ気をつけたいことがあります。

休む理由を、自分への評価にしないことです。

「向いていなかったから休む」と「今は消耗が大きいから休む」は、同じ行動ですが、戻ってきたときの自分がまるで違います。

「誰かと会いたい」と「恋活したい」を分ける

ここがMoonlightのSocial Intelligenceとして興味深いところです。

恋活はしたくない。

でも、人と会いたくないわけではない。

彼氏を探す作業は疲れる。

でも、デートはしたい。

何十人も比較したくない。

でも、一人の人と丁寧に時間を過ごしたい。

そういうニーズは、従来の「恋愛したい/したくない」だけでは拾いにくいものです。

この二つが同じ言葉で語られてきたことが、たぶん混乱のもとです。

「出会いたい」の中には、少なくとも三つの違うものが入っています。

将来を一緒に決める相手が欲しい。

今夜、話を聞いてほしい。

誰かと過ごす時間そのものが欲しい。

三つ目を求めているときに、一つ目の仕組みを使うと、必ず疲れます。手続きが重すぎるからです。

注意を売る側が、これを書くということ

ここで、正直に書いておくべきことがあります。

Moonlightは、注意を提供することでお金を受け取っています。比較されない時間、要約されなくていい時間を提供している、と言うこともできます。

だとすれば、この記事は「アプリは疲れる、だからこちらへ」という広告として読むこともできます。

その読み方は、正しい。

だから、こう書いておきます。

アプリで良い出会いをしている人は、たくさんいます。この記事は、アプリをやめる理由ではありません。

そしてMoonlightは、恋人の代わりではありません。ここで起きるのは、時間が決まっていて、合意があり、支払いのある時間です。それが向いている時期と、向いていない時期があります。

比較されない時間にお金を払う仕組みを作っている以上、比較されることの疲れを大きく描く動機が、こちらにはあります。

その動機があることも含めて、読んでください。

スワイプの外で、自分の必要を考える

アプリを使うかどうかに正解はありません。

良い出会いにつながる人もいる。

疲れる人もいる。

両方の時期がある人もいます。

大切なのは、疲れた自分を「恋愛能力がない」と採点しないことです。

疲れは、能力の低さではなく、作業量の多さから来ています。そして作業量は、あなたが決めたものではありません。

いま欲しいのは、恋人なのか。

会話なのか。

デートなのか。

触れ合いなのか。

ただ、比較しなくていい時間なのか。

最後の一つは、これまであまり名前がついていませんでした。名前がないものは、探しにくい。

Guided Discoveryは、その質問を「次に誰を選ぶか」ではなく「今、何が必要か」から考えるための場所です。

この問いを、もう少し先へ

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