Cinema
『おひとりさま族』、ひとりで暮らすことと、誰にも気づかれないことは違う
ソウルのコールセンターで働くジナは、昼食をひとりで取り、イヤホンをつけてバスに乗り、テレビをつけたまま眠る。ある晩、隣の部屋の男性が数日前にひとりで亡くなっていたと知らされる。映画は彼女に、ひとり暮らしをやめろとは言わない。問うているのは別の代償、誰にも気づかれないことの代償だ。そして最後に残るのは、いまもひとりで暮らしながら、きちんと別れを告げることを覚えたひとりの女性の姿である。
夕方、ジナが帰ってくると、隣の部屋の前に警察が来ている。いつものようにイヤホンをつけ、スマートフォンを手にした彼女に、隣の部屋の持ち主が告げる。そこに住んでいた男性が、数日前にひとりで亡くなっていたのだという。そして持ち主は、この先ずっとジナが抱えていくことになる問いを口にする。あの物音に、どうして気づかなかったの。
ジナは、クレジットカードの顧客を受け持つコールセンターで、いちばんの成績を上げている。見知らぬ相手がどれほど怒っていても声の調子を崩さず、マニュアルのなかから正しいひと言を、そのつど差し出すことができる。その彼女が、気づかなかった。そして、もっとつらいことを思い出す。廊下で男性にマッチと煙草のちょっとした手品を見せてもらったのは、彼がもう亡くなっていたはずの日のあとだったのだ。
韓国語の原題は「ひとりで暮らす人たち」という意味で、英語の題名も、同じことを、あまり見かけないひとつの単語で言い表している。日本では大阪アジアン映画祭で、『おひとりさま族』という題で上映された。飲食店の入り口で「おひとりさまですか」とたずねられるときの、あの丁寧な言葉に、「族」がついている。三つの題名はどれも複数の人を指しているのに、映画が追いかけるのはひとりの女性だけだ。ある批評家は、この複数形を少し紛らわしいと書いた。この文章は、その複数形こそが映画の言いたいことだと考える。映画が見つめているのは、彼女が数に入れていなかった人たちであり、誰にも数に入れてもらえないときに払うことになる代償である。
この映画には、放っておいてもひとりでに出来あがってしまう、たやすい読み方がある。イヤホンとテレビのなかで暮らす若い女性がいて、壁の向こうでは孤独な男性が誰にも気づかれずに亡くなる。だから手遅れになる前に、人を招き入れなさい。映画はそうは言わない。監督のホン・ソンウンは、二十代の半ばからひとり暮らしを始め、自分の性に合っていると感じたと語っている。そして彼女の撮った映画は、ジナにひとり暮らしをやめろとは一度も言わない。誰かが彼女の部屋に越してくるわけではない。部屋から救い出してくれる男性も現れない。父の家に帰るわけでもない。映画の終わりでも、彼女ははじめと同じように、ひとりで暮らしている。
変わるのは、もっと小さく、もっと難しいことだ。映画はある代償を数え上げていくが、それはひとりで暮らすことの代償ではない。誰にも気づかれないことの代償である。壁一枚向こうで亡くなり、数日のあいだ誰にも気づかれなかった男性。何も言わずに来なくなり、私物を捨てられた新人。母を亡くし、父からの電話には出ずに、カメラ越しに父を眺める娘。そして映画が向かう先は、誰かと一緒にいることではない。公開を前にした試写会で監督が口にした言葉を借りれば、きちんとした、心のこもった別れの挨拶を覚えていくことである。
ひとりで暮らすことは、暮らしの組み立て方のひとつだ。誰にも気づかれないことは、人と人のあいだで起きること、あるいは起きそびれることであり、どんな世帯でも起こりうる。映画はその違いを知っている。そして終わりまでに、ジナもそれを知る。
読む前に、そして物語の輪郭
この文章は、結末まで含めて映画の全体に触れる。先に映画を見ておきたい人は、どうかそうしてほしい。ここに書いたことは、あとで読んでも変わらない。映画の中心の近くには、ふたつの死がある。隣の部屋の男性の死と、物語が始まる少し前のジナの母の死だ。どちらも以下ではっきり書くが、その様子は描かない。
脚本と監督と編集は、ホン・ソンウン。これが初めての長編で、製作は韓国映画アカデミーである。彼女は公企業での勤めを辞めて、この映画学校に入った。上映時間は九十一分。ジナを演じるコン・スンヨンにとっては、これが長編映画での初めての主演だった。スジンをチョン・ダウン、ソンフンをソ・ヒョヌ、ジナの父をパク・ジョンハク、チーム長をキム・ヘナが演じている。二〇二一年の春、全州国際映画祭の韓国コンペティション部門で上映され、コン・スンヨンは同部門の俳優賞を受けた。韓国での劇場公開は二〇二一年五月十九日。その年、彼女は青龍映画賞の新人女優賞も受けている。日本では二〇二二年三月、大阪アジアン映画祭で初めて上映され、映画祭のグランプリに選ばれた。
物語のあらましはこうだ。ジナは、銀行のクレジットカードの顧客を受け持つコールセンターで働いている。成績はいちばんで、そして誰よりもひとりだ。昼食はひとりで取り、バスではイヤホンをつけ、テレビをつけたまま眠る。母を亡くしたばかりで、母が遺したものの相続は放棄した。父からの電話には出ない。そのかわりに、かつて母を見守るために実家の居間に置いたカメラで、父の様子を眺めている。
やがて隣の部屋の男性が亡くなっているのが見つかり、ジナは気づかなかったことを責められる。職場では、上司から新人スジンの教育係を任される。不器用で人懐こく、お昼も一緒に食べたがる若い女性だ。ジナは彼女を遠ざけつづけ、スジンが出社しなくなると、その私物を捨ててしまう。亡くなった男性の部屋には、脚を骨折したソンフンが家族と越してくる。疲れ果てたジナにも、スジンと同じ兆しが表れはじめ、やがて、ある客の電話をきっかけに、こらえてきたものがあふれる日が来る。
その日のことと、そのあとに続く映画の最後の部分については、あとで節をあらためて書く。
距離の達人
まずは、彼女が得意なことから始めたい。映画がそうしているからであり、それを欠点と取り違えるのがたやすいからでもある。
ジナの勤める会社の標語は、大阪アジアン映画祭の英語の作品紹介によれば「ハッピー・ユア・ライフ」だという。彼女は誰よりも多くの電話を受ける。批評家のオーラ・スミスが映画評サイト「セブンス・ロウ」の批評で取り上げた場面では、母の葬儀で何日か休んだのに、その月の受電数がいちばんだったと、上司がジナをほめる。別の場面では、もっと効率を上げなければ仕事はロボットに取って代わられる、と部屋にいる全員が言い渡される。ジナにその警告は要らない。客は怒鳴り、あるいは、ひと月分のカードの利用明細を一件ずつ読み上げてくれと言う。彼女は声の調子を崩さず、マニュアルのなかの正しいひと言を返す。
監督は、なぜジナにこの仕事を与えたのかを説明している。試写会の場で語ったところでは、コールセンターは感情労働の過酷さで知られる職業であり、しかもある種の人物をよく見せてくれる仕事だったからだ。同じ空間で起きていることには関心がないのに、遠く離れた人たちを相手にするのはとてもうまい人。監督自身による、自分の主人公の説明である。この映画について語られた言葉のなかで、これほど役に立つひと言は、ほかにないかもしれない。
感情労働という言葉は、社会学者アーリー・ラッセル・ホックシールドの『管理される心』(原著一九八三年)に由来する。彼女が調べた働き手のなかには客室乗務員がいて、その仕事は、英語の原著の言い回しを訳せば「素のままよりも感じよく」ふるまうことを求められるものだった。コールセンターが求めるのも同じものだ。ただし制服はなく、顔もない。声だけが、勤務時間のあいだずっと素のままよりも感じよくなければならず、部屋の誰がしたわけでもないことについて、何度も何度も謝らなければならない。韓国映像資料院のために書かれた批評で、映画評論家のチョ・ヘヨンは、その謝罪がどれほど中身のないものになっているかに目をとめている。相談員は数えきれないほど「申し訳ございません」と口にするが、実際に誰が何を間違えたのかは、どうでもいいことになっている。
仕事の外でも、距離は続く。バスではイヤホン。食事は、ひとり客を歓迎する静かな店でいつもの麺か、家でコンビニ弁当。スマートフォンでは、誰かがものを食べている動画が流れている。夜はテレビをつけたまま眠る。その音がないと眠れないからだ。チョ・ヘヨンはそれらをひとつずつ数え上げて、鋭い結論を出している。ジナは、実は一度もひとりではなかった。どの時間にも、ほかの人の気配をそばに置いている。この文章がひとつ付け加えるなら、その気配には共通点がある。どれも、こちらに応えてはくれないのだ。
これを症状として読む前に、理由を聞いてほしい。映画はちゃんとそれを差し出している。ひとりで暮らす女性としてこの映画を評した書き手のチェ・ソユンは、ひとりきりの昼食もイヤホンも、この仕事を生き延びるための方法として読んだ。一日の仕事が感情を吸い取っていくのなら、客以外の誰とも話さないことが、自分のために何かを取っておくやり方になる。監督自身も、同じ計算を自分の暮らしから語っている。映画学校に入る前の会社勤めのころ、一日じゅう人にもまれて帰ると、もう誰の顔も見たくなかった。まったくひとりで過ごす時間が、心地よく、幸せだったという。勤務のあいだずっと素のままよりも感じよくふるまってきた人には、夜のあいだくらい、誰のための自分でもない時間をもつ資格がある。
けれど、技能には向きがある。ジナが使いこなせるのは、ヘッドセット越しの距離、カメラの映像越しの距離、画面のなかで食べる見知らぬ人との距離だ。彼女が一度も練習してこなかった距離は、壁一枚の厚さである。
壁の向こうの人
隣の男性は、廊下で煙草を吸い、ジナが通りかかると話しかけてきた。韓国の公式のあらすじは彼のことを、ときどき煩わしく話しかけてくる隣人と書いている。彼がジナに教えたことのひとつは、どこかで聞きかじった言い伝えのような話だった。煙草にマッチで火をつけると、煙の具合が違うらしい。ジナは彼を遠ざけていた。
ここで少し立ち止まりたい。映画は注意深いが、急いで読むと、その注意深さを取りこぼしてしまうからだ。チェ・ソユンは、ひとりで暮らす女性として、廊下の場面を身構えながら見たと書いている。この男性が一線を越えるのではないか、言い寄ってきたり、ジナの私生活に踏みこんだりするのではないか、と。彼はそんなことを何もしないし、映画も彼を脅威としては描かない。けれど、その用心は冷たさでもない。ひとりで暮らす若い女性が、話し好きな隣の男性とほどよい距離を保つのは、都会の女性が早くから教わる計算であり、もし相手が危ない人だったなら、誰もが彼女の判断をほめたはずだ。映画は、ふたつのことを同時に抱えるよう求めている。彼女の用心はもっともだった。そして彼は孤独で、いまはもう亡くなっている。
そこへ、彼の部屋の持ち主がジナを責める。あの物音に、どうして気づかなかったのか。批評家のブリアナ・ジグラーによれば、持ち主はそれを若い人たちの身勝手のせいにする。筋の通らない問いであり、向ける相手も間違っている。持ち主も気づかなかったのだし、数日のあいだ、誰も気づかなかった。それでも映画は、この問いをそのまま残す。狙いが外れているだけで、それは映画自身の問いだからだ。なぜ彼はひとりだったのか、ではない。なぜ誰も、彼がいないことに気づかなかったのか。
映画はのちに、彼の死がどう書き立てられるかも見せる。オーラ・スミスが批評に引いた新聞の見出しは、彼が見つかったときの様子を笑いの種にし、社会に居場所を見つけられない人が増えている、という社会学めいた一文を添えている。この文章は、その笑いを繰り返さない。見出しが何をしているかを見れば足りる。彼は数日のあいだ誰にも気づかれず、ようやく気づかれたときには、笑い話と、世の中の傾向のひとつとして扱われたのだ。
そして、あの手品がある。ジナは、彼がもう亡くなっていたはずの日のあとに、廊下でマッチと煙草を見せてもらったことを思い出す。映画はそれを説明しない。公開に先立って、ある映画館チェーンのアートハウス部門のキュレーターが書いたコラムは、ひとりで暮らす女性はどうして隣の男の幽霊に出会ったのか、と題に掲げた。チョ・ヘヨンの答えは、いちばんぞっとするものだ。ジナは自分の人生からあまりに距離を取ってきたせいで、自分自身が幽霊のようなものになっていた。だから隣の男性の幽霊と言葉を交わすことができたのかもしれない、と。もっと平凡な読み方もある。彼女は一度も、彼をちゃんと見てはいなかった。だから、彼がいつからいなくなったのかも分からない。どちらにしても、彼女のなかに残るのは、彼が亡くなったことだけではない。それがいつだったのかを言えない、ということなのだ。
定義が数えているもの
この映画が韓国で公開されたのは、二〇二一年五月十九日である。その七週間ほど前の四月一日に、韓国では「孤独死の予防及び管理に関する法律」が施行されていた。制定されたとき、この法律は孤独死を次のように定めていた。家族や親戚など、周りの人たちとの縁が切れたまま、ひとりで暮らしていた人が、ひとりで最期を迎え、一定の時間がたってから遺体が見つかる死。
二年後、その言葉が変わる。二〇二三年六月の改正で、「ひとりで暮らしていた人」は「社会的に孤立した状態で生活していた人」に置き換えられ、「ひとりで最期を迎え」からは「ひとりで」が消えた。二〇二四年二月の改正では、一定の時間がたってから遺体が見つかる、という部分も削られた。順に並べると、この改正はほとんど映画の要約のように読める。危うかったのは、世帯の形ではなかった。人とのつながりが断たれていることのほうだったのだ。
日本も、自分たちの言葉で同じ問いに取り組んできた。内閣府では、孤独・孤立の実態を調べる研究会のもとにワーキンググループが置かれ、二〇二五年四月、「孤独死・孤立死」の数をどう推し量るかについての取りまとめが出された。そこで選ばれた言葉は、「孤独死」ではなく「孤立死」である。孤独はひとりぼっちだと感じる主観的な状態であり、亡くなったあとでそれをとらえるのは難しい。孤立は、社会とのつながりや助けがない、あるいは少ない客観的な状態であり、何らかのかたちで把握できる。それがその理由だった。推計のもとになるのは、警察が取り扱った遺体のうち、自宅で亡くなったひとり暮らしの人であり、そのなかから、死後八日以上たって見つかった人が数えられる。これは誰かの死を定義するためではなく、概数を推し量るための目安だと、取りまとめ自身が断っている。八日という目安には理由がある。そうであれば、見つかる前の少なくとも七日間、連絡が取れないことを気にかけてくれる他者との接触がなかったと推し量れるからだ。この目安にもとづいて、内閣府は二〇二六年四月、二〇二五年の孤立死者数を二万二二二二人と推計している。
数ではなく、定義を並べてみる。どちらの定義も、ひとりでいることを測ってはいない。測っているのは、探しに来てくれたはずの誰かの不在である。隣の部屋の持ち主の筋違いな問いは、ふたつの国の政府が定義のなかに書きこんだ問いでもあったのだ。
この図書室は「ひとり暮らしは世帯の形であって、診断名ではない」で、そのことを論じている。心配から出るひとつの問いが折りたたんでしまう三つのこと、つまり誰がどこに住んでいるか、実際に誰かと接点があるか、日々が内側からどう感じられるかを、分けて考えるべきだ、と。『おひとりさま族』は、その三つをひとつの廊下に並べてみせる。ジナと隣の男性は、同じ世帯の形をしていた。彼が亡くなった夜、問われていたのは暮らし方ではない。探しに来てくれる人がいたかどうかであり、正直に言えば、ふたりとも答えは同じだった。何日たっても、誰も来ない。
規模に触れるのは、ひとつのことを言うためだけで、比べるためではない。韓国統計庁(現在の国家データ処)によれば、韓国の一般世帯に占める一人世帯の割合は、映画が公開された二〇二一年に三三・四パーセント、二〇二四年には三六・一パーセント、八百四万五千世帯に達した。日本の二〇二〇年の国勢調査では、単独世帯は二千百十五万世帯で、一般世帯の三八・一パーセントを占めている。ふたつの国の調査は、世帯の定め方も数え方もそれぞれ異なり、ここで国どうしの順位をつけるつもりはない。数字が語るのはひとつだけだ。どちらの国でも、ひとりで暮らすことは、ごくありふれた暮らし方のひとつである。映画が見つめているのは、ジナの世帯の形ではない。誰も探しに来ない一週間のほうである。
スジンと、受け継がれてしまった冷たさ
スジンは、張り切って、何の準備もないままコールセンターにやって来る。ジナのあとをどこへでもついてまわり、お昼を一緒にいいですかとたずね、ちょっとした贈り物をし、初日から居眠りをし、電話の応対に手こずる。監督は、働きはじめたばかりのこの若い女性が、ひとりになる前のジナに似ていると語っている。
そして彼女は、この建物のなかで、客の話にほんとうに耳を傾けるただひとりの人でもある。常連の男性客が、タイムマシンで二〇〇二年に戻るのだが、そのときこのカードは使えるのかとたずねてくる。こういう電話への応じ方もマニュアルで決まっていて、要するに「はい」と「いいえ」だけで済ませることになっている。スジンはマニュアルを離れて、戻って何をしたいのですかとたずね、男性は、やっと信じてもらえたと答える。批評サイト「インターナショナル・シネフィル・ソサエティ」に書いたウォルター・ネトによれば、男性が戻りたいのは、韓国と日本が共同で開いた二〇〇二年のワールドカップ、みんなが一緒に歌い、声をそろえて応援していたあのころだという。映画のなかでいちばん可笑しく、そしていちばん切ない電話かもしれない。チョ・ヘヨンは、それがなぜ大事なのかを見抜いている。相手への好奇心は、その人がそこに存在すると認めているからこそ生まれる。スジンはそれを認める。そして、まさにそのせいで、この仕事に向かない。チョ・ヘヨンは、この仕事がさせまいとしている問いをスジンが口にすることも書きとめている。何も悪いことをしていないのに、どうして謝らなければならないのか。
ジナは彼女を避けつづけ、スジンは出社しなくなる。上司は、どのみち研修は通らなかっただろうと言い、ジナはスジンの私物をごみ箱に片づける。映画のなかで、いちばん静かな残酷さだ。持ち主の現れないマグカップのように、ひとりの若い女性が職場から取り除かれていく。どちらの側にも、別れの言葉はない。
その冷たさがどこから来たのかについて、映画は正確である。チョ・ヘヨンの記述によれば、スジンの面倒をもっと見るべきだったとチーム長に叱られたジナは、自分が新人だったころにチーム長からされたことを、そのままスジンに返しただけだと答える。監督も、反対の側から同じことを語っている。ジナは自分の先輩から、ちゃんと気にかけてもらったことがなかった。スジンに素っ気ないのは意地が悪いからではなく、ほかのやり方を知らないからだ。共同体のなかで孤立が受け継がれていくかぎり、世の中には何ひとつ「プラス」が生まれない、と監督は言う。
これは女どうしが冷たいという話ではないし、そう読むのは、映画に対するささやかな裏切りになるだろう。これは、人をひと月の受電数で測る職場の話である。そこでは人に向ける関心こそが建物のなかでいちばん乏しいもので、そのすべてが見知らぬ客に注ぎこまれる。そんなふうにできた部屋では、誰も残酷である必要はない。全員が忙しくさえあればいい。冷たさは、仕事が受け継がれるのと同じように受け継がれていく。自分を教えた人から、自分が教える人へ。数字に表れないことを誰かがして、その連なりを断ち切るまで。
母と父と、カメラ
喪失は、映画の最初の場面からそこにある。ここは急がずに読みたい。ジナの母は、亡くなったばかりだ。母が遺したものは父のもとへ行き、ジナは自分の取り分を放棄する。父は、ずっと前に家族を置いて出ていき、母の最後の数年になってようやく戻ってきた人である。大阪アジアン映画祭の日本語の作品解説が書くとおり、母の死後、父はジナにとって唯一の肉親になった。その父が、何度も電話をかけてくる。しかも母の携帯電話から。何人もの批評家が、この細部に目をとめている。電話が鳴るとき、ジナの画面に誰の名前が浮かぶのかを、少しだけ想像してみてほしい。
彼女は出ない。そのかわりに、カメラの映像で父を眺める。映像のなかの父は、新しく通いはじめた教会のことで日々を埋めている。カメラには、もうひとつのものも残っている。チョ・ヘヨンによれば、母が亡くなる少し前に記録された母の姿があり、ジナはそこへ何度も戻っていく。この文章は、それ以上は立ち入らない。映画のなかには、登場人物のものとしてそっとしておくべきことがあり、葬儀のあとで小さな画面のなかの母を見つめる娘の姿は、そのひとつである。
ここに診断は要らないし、この文章も何ひとつ診断しない。喪失は病気ではなく、家族を置いて出ていった父への怒りは症状ではない。映画がカメラでしていることは、どんなレッテルよりも興味深い。見るということは、自分をさらさずに向けるまなざしである。カメラなら、見られることなく父を見ることができる。彼女が得意なのと、まさに同じ距離から。チェ・ソユンは、父が具合が悪くて病院にいるとメッセージを送ってくる一方で、カメラには居間にいる父の姿が映っている場面を書きとめている。カメラはジナに、見られずに見る人の力を与える。そして同時に、彼女を助けうる唯一のもの、つまり誰かが応えてくれる会話から、彼女を遠ざけてもいる。
そして、もう一度、父を見てほしい。妻を亡くしたばかりで、部屋にひとり残された男性。亡き妻の携帯電話から娘に電話をかけ、振り向いてもらうために入院をこしらえる。この人もまた、誰にも気づかれないことを恐れているのだ。彼が求めているのは、あの隣の男性が、ろくに知りもしないジナにマッチの煙の話をしたとき求めていたのと同じものである。映画は、父を許せとは言わない。彼もまた同じ廊下にいるのだと、見えるようにするだけだ。
そして、その日が来る。常連の客に怒鳴られ、名前を名乗れと迫られる。声だけで応対する仕事で、怒った相手に名前を求められるのは、責めを負わされうるひとりの人間として名指しされることだ。ジナは会社を飛び出し、父に電話をかけ、謝れと叫ぶ。自分に、そして母に。父は電話を切り、彼女の番号を着信拒否にする。
この場面が何をしているかを考えてみたい。ジナは毎日、一日じゅう、会社に代わって見知らぬ人に謝っている。部屋の誰がしたわけでもないことについて。けれど、自分と母のために受け取るはずの、たったひとつの謝罪は、誰もしてくれない。チョ・ヘヨンは、この爆発を、ジナが自分はここに存在しているのだと、ようやく訴える瞬間として読んでいる。自分は感情をもったひとりの人間であり、マニュアルどおりではない、ほんとうの応答を受けるに値するのだ、と。映画全体がそこへ向かって歩いてきた瞬間であり、彼女の得意な距離がついに役に立たなくなる瞬間でもある。距離には、多くのことができる。けれど、誰かに応えさせることだけはできない。
結末、そしてきちんとした別れ
ここからが結末である。
翌日、ジナは休職を願い出て、スジンに電話をかけ、あんなに冷たくしたことを詫びる。スジンは泣き出す。チョ・ヘヨンの記述では、ジナはさらに打ち明ける。自分も寂しくなるし、ひとりで食べることも、ひとりでいることも、実は得意ではない、と。監督は、ふたりの関係に込めたものをこう語っていた。自分が受け取ったことのない気持ちでも、ジナが次の世代に手渡せるのだと、映画で示したかった、と。そして通話の途中で、映画はジナから、電話の向こうのスジンへと切り返す。チョ・ヘヨンはこれを、映画全体が目指していた切り返しのショットだと書いている。それまで、ジナの電話の向こうにいる人たちは声でしかなかった。この電話で、そのうちのひとりが、顔をもったひとりの人間になる。
それから、松葉杖をついた新しい隣人のソンフンが、いま自分が住む部屋で亡くなった、会ったこともない男性のために、ささやかな弔いをする。料理と酒が並べられ、玄関の扉は廊下に向かって開け放たれている。ジナはそれを戸口から見守る。そのあとで彼は、あのマッチの手品が本当にできることを見せてくれる。亡くなった男性は、本当のことを言っていたのだ。それを確かめてみようとは、彼女は一度も思わなかった。
ジナは会社の机を片づける。上司には、これからどうするかはまだわからない、決まったら食事をしましょう、と言う。先の約束をふくんだ別れの挨拶である。
バスの中で、番号を拒否したことなどなかったかのように、父から電話がかかってくる。彼女は父にカメラのことを話し、これからも見ているから、と告げる。隠れて見ていたことが、打ち明けられた見守りに変わる。カメラが消されるわけではない。それが、正直なものになるのだ。
公開の八日前に開かれた試写会で、ホン・ソンウン監督は、これはきちんとした、心のこもった別れの挨拶を覚えていく映画だと思う、と語った。望むと望まざるとにかかわらず、人はひとりで、あるいは誰かと暮らすことになり、大切だった関係も、どうしようもなく去っていく。自分のところに来ては去っていく人たちにきちんと別れを告げ、それでも自分たちはつながっているのだと受け入れられたらいい、と。大阪の観客に寄せた英語のメッセージを訳せば、監督はそれを一行で言っている。人を見送るときには、きちんと別れを告げなければならない。
その一行を胸に、映画の前半を読み直してみる。そこでは、すべての別れが挨拶なしに起きている。母は、もう逝ってしまっている。隣の男性は、誰にも知られないまま亡くなる。スジンはただ来なくなり、私物は捨てられる。父は電話を切り、娘の番号を拒否する。最後の部分で、別れの挨拶がひとつずつ届く。スジンには謝罪が、亡くなった男性には弔いが、上司には約束の食事が、父にはカメラについてのひと言が。母のためにジナにできたのは、自分たちが受け取るはずだった謝罪を、声を張りあげて求めることだけだった。そしてジナは、いまもひとりで暮らしている。チョ・ヘヨンは、もうひとつのことに気づいている。スジンへの電話のあと、ジナは映画のなかではじめて、テレビも動画も流さずに眠りにつく。彼女はひとりでいることを手放したのではない。はじめて、ひとりでいることに耐えられるようになったのである。
ひとりが上手なことと、知らせておくこと
この図書室は「ひとりでいられることと、誰もいらないことは同じではない。」で、ひとりでいられる力は大切な力だけれど、扉を開けないことまで強さにしなくていい、と論じた。『おひとりさま族』は、ほとんどその実演のような映画である。はじめのジナは、ひとりでいることがみごとに上手に見える。彼女の日課に、誰も文句のつけようがない。スジンへの電話は、自分が見かけほど上手ではなかったと認めることだ。それは負けではない。修正である。そして映画は、扉を開けることを覚えながら、いまも自分の部屋を手放さない女性の姿で終わる。
女性とスクリーンについて、もっと鋭い論点もある。この図書室は、ヴィム・ヴェンダースの映画を論じた「『PERFECT DAYS』と、静かな生活は孤独なのか自由なのか」で、小さく整った暮らしに引きこもる男性は禁欲的で品位のある人と読まれるのに、同じように暮らす女性は心配の種として読まれる、と指摘した。彼の静けさは許され、彼女の静けさには弁明が要る。『おひとりさま族』は、その指摘のもう半分である。隣の部屋の持ち主は、気づかなかった若い女性を責める。父は電話をかけてくるが、チェ・ソユンの読みによれば、父が期待しているのは、自分に関心を向け、家の切り盛りを手伝ってくれる娘だ。母が守ってきた家を、今度は娘に守ってほしいということだろう。ジナは、ふたつの相続をどちらも断る。財産と、役割と。それでも彼女は、自分で選んだかたちで見守りつづける。
映画が彼女に与えないものにも、目をとめておきたい。新しい隣人は家族のいる男性で、ふたりのあいだで交わされるのはマッチの手品だけだ。彼女を変えていくのは、職場の若い女性と、亡くなった見知らぬ人と、父である。ひとりでいる彼女を「治し」に来る男性は現れないし、その代わりの恋愛も差し出されない。ひとりの女性を描く映画として、これは珍しいほどの礼儀正しさである。
映画が彼女に求めるのは、誰かと一緒にいることではない。むしろ、自分がいること、いないことが、誰かに伝わるようにしておくことに近い。自分がいなくなったら気づいてくれる人に、あなたがその人なのだと知らせておくこと。見守っている相手に、見守っていると伝えておくこと。人を招き入れなさい、よりもずっと小さな頼みであり、ずっと断りにくい頼みである。
日本から観る
大阪アジアン映画祭でグランプリに選ばれたとき、審査委員は映画の表現のなかから、ひとつのものを挙げた。職場で電話の応対をするジナを、彼女ひとりだけの構図でとらえたフレームである。まさにふさわしい一枚だったと思う。ひとりの女性が一日じゅう見知らぬ人に話しかけていて、彼女に話しかける人は誰もいない。
日本語の題名は、歴史のある言葉を借りている。「おひとりさま」は、二〇〇一年にジャーナリストの岩下久美子が『おひとりさま』という本を出して書名になり、二〇〇七年には社会学者の上野千鶴子が『おひとりさまの老後』で、老いの時間へと運んだ。言葉の意味は、楽しみから備えへと広がってきたのだ。ジナは、そのどちらの端にも当てはまらない。ひとりの食事を味わっているのでも、ひとりの老後を準備しているのでもない。ひとりが当たり前になっているだけの女性であり、それは日本に暮らす多くの女性にも言えることだ。そして、この言葉に「さま」という敬称がついていることを、忘れずにおきたい。ひとりで来た客を「おひとりさま」と呼ぶとき、そこには、ひとりで来た人を一人前の客として迎えるという礼儀がある。映画が最後にジナに与えるものも、たぶん、その礼儀に近い。
映画祭の作品解説は、この映画を紹介するのに、ひとりで外食しているだけで周りから不審の目を向けられるほど孤独を許容しない韓国社会、という言い方をしていた。この文章は、どの国についても、そういう言い方はしない。『おひとりさま族』のどこを取っても、韓国が特別な国である必要はない。ソウルの廊下にも、埼玉の廊下にも、同じように壁がある。
この映画が描くもののひとつは、いまの日本の動きと、ちょうど重なっている。二〇二六年十月一日から、日本の事業主は、改正された労働施策総合推進法によって、カスタマーハラスメントを防ぐための雇用管理上の措置を義務づけられる。法律はそれを、顧客などの言動のうち、社会通念上許容される範囲を超えたものによって、働く人の就業環境を害すること、と定めている。韓国では二〇一八年十月から、客の暴言などから顧客応対労働者を守る措置が事業主に義務づけられた。健康を害したり、そのおそれが大きかったりするときには、業務の一時的な中断や転換などの措置を取らなければならず、働く人はそれを求めることができる。こうした法律は、怒鳴りながら名前を名乗れと迫る電話から、働く人を離れさせることを会社に義務づけることはできる。けれど、どんな法律にも届かないものがある。気にしないでいることを毎日積み重ね、やがて気にしないことしか残らなくなる、その訓練である。
家族を別の国に残して日本で暮らす女性にとって、あのカメラは少しも奇妙に見えないかもしれない。時差をまたいで、思いがけない時間に、画面越しに親の様子を見守るのは、ごく普通の愛情のかたちだ。映画はそれを失敗とは呼ばない。映画が加える修正は、正直であることだけだ。伝えておくこと。そしてもうひとつの問いが、それについてくる。この図書室は「まわりに人がいることと、頼れる人がいることは違う」で、広い人の輪にも、ちょうど必要なところに穴があいていることがある、と論じた。家族から遠く離れて暮らす女性にとって、隣の部屋の持ち主がジナにぶつけた問いは、早めに、やさしく、自分に向けておく価値がある。もし一週間、自分の姿が見えなかったら、ここで誰が探しに来てくれるだろう。
この読みに対する反論
ここからは、反論をできるだけ強いかたちで並べてみる。
第一は、オーラ・スミスの反論だ。ジナの孤立は、明らかに喪失より前からある、とスミスは指摘する。母が亡くなるずっと前から同じ同僚と働いているのに、誰とも親しくない。母の死を軸に映画の筋を組み立てるのは、本当の問題を避けて通っているように感じられ、ジナの抱えるものを、ひとつの上映時間のなかで手際よく解決しやすくしてしまう、と。この文章は、その大部分を認める。喪失だけでは説明がつかないし、九十一分は、人生なら解決しないものを解決してしまう。映画は、それが描く孤独よりも整いすぎている。
第二は、ブリアナ・ジグラーの反論である。映画の社会批評は、スマートフォンばかり見ている若者たち、という以上の深さについに届かず、孤独の代わりに差し出される共同体は宗教だけだ、と彼女は論じた。父の教会と、人々が十字を切る弔いと。一部は当たっている。若い人たちをまとめて責める持ち主の小言は、映画のいちばん安易なところであり、教会は映されても、掘り下げられることはない。けれど、あの弔いは信仰を宣伝しているのではない。そこに映っているのは、会ったこともない人のために食卓を整えるひとりの男性であって、それは教義ではない。手遅れになってからの、気づくということのかたちである。
第三は、チェ・ソユンの反論だ。スジンへの謝罪は滑らかすぎる、と彼女は書いた。台詞があまりに整っていて、その向こうに書き手の存在を意識してしまう、と。もっともな指摘である。ほかの点では驚くほど暮らしに近い映画のなかで、そこはいちばん暮らしから遠い場面だ。ほんとうの謝罪は、どこかでつまずく。
第四は、映画の出発点そのものに向けられた反論で、これがいちばん深く刺さる。監督は、孤独死のドキュメンタリーを見て、ひとりで暮らす人生は不完全で、たやすく崩れてしまうものなのだろうかと考えるようになったと語っている。雑誌「エル・コリア」のインタビューでは、そのドキュメンタリーは主に五十代以上の男性たちの話だったのに、二十代だった自分にも不安と恐怖が突然やってきたとも語っている。他人に振り回されず、ひとりでも欠けたところのない強い人間だと信じてきたのに、そのときはじめて、自分は不完全な状態なのだと気づいた、と。それは、この文章が描いてきたよりもずっと怯えた映画であり、そちらのほうが本当の姿なのかもしれない。チョ・ヘヨンは、同じ映画を逆向きに読んだ。人はどうすれば本当にひとりで存在できるのか、そして社会はそれを受けとめる場を用意しているのか、を問う映画として。この文章は、チョ・ヘヨンの側に傾いている。それがあくまで傾きであること、そして映画がふたつの恐れを同じ小さな部屋のなかに置いていることを、読む人には知っておいてほしい。
この図書室が受け取るもの
ひとりで暮らすことが危ない、ということではない。この映画の監督自身がそれを性に合っていると感じたのだし、映画の主人公も最後までそうしている。ひとり暮らしは、世帯の形のひとつだ。
この図書室が受け取るのは、もっと狭いことである。誰にも気づかれないことは、人とのつながりの失敗であって、生き方ではない。そしてそれは、人のいない家と同じくらい、人のあふれた家でも起こりうる。映画が差し出す手当ては、お金では買えないし、誰かが越してくる必要もない。小さくて、お互いさまで、少しぎこちないものだ。扉を開けておくこと。見知らぬ人のために食卓を整えること。きちんと謝ること。先に延ばしても約束はしておく食事。打ち明けたカメラ。どれも、ふつうの意味での「誰かと一緒にいること」ではない。けれど、どれもが同じひと言になる。あなたがここにいたことを、わたしは知っている。
距離を取ることには、ちゃんとした理由がある。映画はそれを大切に扱っている。一日じゅう見知らぬ人に優しさを使い果たす仕事は、廊下のための優しさを残してくれないことがある。ひとりで暮らす女性は、隣の男性に用心するよう教わってきた。喪失は、電話を重くする。どの理由も愚かではなく、どれも欠点ではない。
だから、一度だけ、あなたに。もしあなたがひとりで暮らしているなら、そのことについて誰にも説明する義務はないし、この映画もあなたに説明を求めてはいない。けれど、早めに、そっと知っておく価値はあるかもしれない。もし一週間あなたの姿が見えなかったら、誰が探しに来てくれるのか。そしてその人に、あなたがその人なのだと伝えておくこと。問いのもう半分も、たずねてみる価値がある。映画が最後までとっておいた半分だ。あなたは、誰の不在に気づくだろう。そして、そのことをその人に伝えたことがあるだろうか。
これは一本の映画の読みである。フィクションの人物も現実の人も、誰ひとり診断しないし、どう暮らすべきかについての助言でもない。この文章は、映画そのものを観て書いたものではない。物語は、公式の記録と、本文で名前を挙げた批評やインタビューにもとづいて記しており、台詞はすべて言い換えであって、正確な引用として示したものはない。公的な数字は年と定義を添えて示しており、国どうしの順位づけではない。もし、あのドキュメンタリーが監督を怯えさせたように、ひとりで暮らすことがあなたを怖がらせはじめているなら、それは誰かに話してよいことだ。内閣府の孤独・孤立対策推進室のサイト「あなたはひとりじゃない」では、状況に合った相談先を探すことができる。住んでいる市区町村の窓口に、近くにどんな支えがあるかをたずねてみるのもいい。
手元に残しておきたい問い
もし一週間、家に帰らなかったら、最初に気づくのは誰だろう。その人は、どうやってそれを知るだろう。
あなたは誰の不在に気づくだろう。隣の人、同僚、毎月同じ用件で電話をかけてくる声。
別れの挨拶をしないまま、行かせてしまった人はいるだろうか。いまからでは、遅すぎるだろうか。
あなたの距離は、休息だろうか、それとも壁だろうか。それが分かるのはあなただけで、どちらであってもかまわない。
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