Cinema
『彼女の人生は間違いじゃない』と、誰にも説明しなくていい理由
津波が母を連れ去ってから五年。いわきの市役所で働く女性は、週末になると高速バスで渋谷へ向かう。廣木隆一の映画は、その理由を最後まで語らない。死者も行方不明者も避難者も数えられてきた土地で、映画はひとつだけを数えずに残し、それを彼女のものにしておく。
いわきから乗った高速バスが東京に着く。若い女性が化粧ポーチを手に、駅のトイレに入っていく。出てきた彼女は渋谷へ向かい、そこで「ゆき」という名前でデリヘルの仕事をする。平日の彼女は、福島県いわき市の市役所で、震災のあと暮らしを立て直そうとしている人たちの手助けをしている。父は、娘が週末ごとに東京の英会話教室へ通っていると思っている。
彼女の名前は金沢みゆき。母は津波にさらわれ、遺体はいまも見つかっていない。父の修は農家だったが、原発事故による汚染で畑を失った。ふたりは仮設住宅で暮らしている。父は補償金をパチンコに注ぎ込み、夜は酒を飲んで妻の話ばかりする。震災から五年。週末の東京通いは、そのうちの二年になる。
廣木隆一監督の『彼女の人生は間違いじゃない』には、ふたつの題名がある。海外で使われた英語の題名は、仕事の名前をそのまま掲げ、最後に句点を打つ。「副業。」とでも訳せるだろうか。日本語の題名のほうは、ひとつの文として立っている。彼女の人生は、間違いじゃない。まだ誰も口にしていない非難に、先回りして答えている。
ふたつの題名のあいだで、映画はいちばん思い切った選択をしている。それがこの文章の主題である。映画は、彼女がなぜそうするのかを一度も語らない。ありがちな答えは、先に取り除かれている。彼女には市役所の給料があり、映画は彼女に借金も、彼女を追い込む誰かも与えない。そのうえで、理由が入るはずの場所を、最後まで空けたままにしておく。
彼女のまわりでは、ほとんどすべてが数えられてきた。死者と行方不明者は警察が数える。家に戻れない人の数は県が数える。土は測られ、失われたものは補償金として値をつけられる。映画はひとつだけを数えず、説明もせずに残し、それを彼女のものにしておく。
この文章は、その沈黙を脚本の欠落ではなく、この映画の倫理として読む。日本語の題名の意味も、そこにある。「間違いじゃない」は、より寛大な判決ではない。判決そのものを取り下げる言葉である。
以下では、結末まで含めて映画の全体に触れる。
記録と、ふたつの題名
まず記録から。二〇一七年の日本映画で、監督は廣木隆一。自身の初めての小説を原作とし、脚本は加藤正人が書いた。上映時間は百十九分。二〇一七年七月十五日にギャガの配給で公開され、十五歳未満は観られない区分に指定された。みゆきを瀧内公美、父の修を光石研が演じる。店でみゆきの送り迎えをする三浦に高良健吾、市役所の同僚の新田に柄本時生、震災前からの恋人の健太に篠原篤、写真家の沙緒里に蓮佛美沙子。
廣木は一九五四年、福島県の中ほどにある郡山市に生まれ、一九八二年から映画を撮ってきた。映画の公式サイトに載った製作ノートによれば、二〇一一年三月十一日、彼は帰郷する新幹線の中で地震に遭った。途中の宇都宮で避難所に泊まり、翌日郡山へ向かって、はじめて津波のことを知ったという。東京に戻って次の作品に取りかかったものの、いまの東北の姿をそこに入れたいという思いに駆られ、撮影スタッフと東北へ向かった。「撮影はしたものの、自分の気持ちの整理がつかなくて」と彼は振り返る。「じゃあ、小説に書いてみようかなと思ったのが、きっかけでした。」小説は二〇一五年八月、河出書房新社から、映画と同じ題で刊行された。
脚本を加藤正人に頼んだのは、自分の強い思いを受け取りながら、そこに客観性を加えてほしかったからだと、製作ノートは記している。ロケハンで加藤とともに五年ぶりにいわきを訪れた廣木は、平坦なまま放置された土地を前にして、こう語っている。「人の心も上っ面だけ地ならししているのかと、非常にショックを受けました」。自分の書いた小説に縛られず、いまの姿を描かなければならないと、気持ちを引き締めたという。この映画について書かれた言葉のなかで、これほど的確な要約は少ない。
題名の話に戻る。二〇一八年、ミュンヘン国際映画祭はこの映画を英語の題名で上映し、同じ夏にはニューヨークのジャパン・ソサエティーが、日本映画を紹介する映画祭で上映した。英語の題名には最後に句点がついていて、それも題名の一部である。仕事の名前を平らに置いて、文を閉じる。醜聞でも叫びでもない、ただの仕事の名前として。日本語の題名は、それとは違う声でできている。「間違いではない」ではなく「間違いじゃない」。改まった弁明ではなく、友だちをかばうときの、少し意地になった話し言葉だ。そして、どちらの題名も「喪失」とは言わない。
日本に暮らす人にとって、震災はニュースでは語り尽くされたように見えるかもしれない。けれどニュースが映さなくなったのは、震災後の長い時間の、ありふれた真ん中の部分だった。バスの時刻表。市役所の机。パチンコ店。父のいる仮設住宅。この映画が見せるのは、その真ん中である。
平日と週末、そのあいだのバス
平日のみゆきは、福島県の南の海沿いにある、いわき市の市役所で働いている。父とふたり、同じ市内の仮設住宅に暮らす。自分たちの家は、原発事故のあとの立ち入り制限区域のなかにあり、許可がなければ入ることもできない。畑のない農家になった父は、震災以来、一度もその家に入っていない。
週末になると、みゆきは高速バスで東京へ向かう。駅のトイレで化粧をして、渋谷へ行く。デリヘルで働きはじめて、もう二年になる。店の三浦という若い男が、ホテルまで車で送り、近くで待つ。客に殴られたときには、三浦が駆けつける。
店での名前は、作りものではない。「ゆき」は、「みゆき」から最初の一文字を取っただけの名前だ。週末の彼女は、別の人間ではない。名前を少しだけ削った、同じひとりの女性である。
父は、娘が英会話教室に通っていると信じている。実用的な嘘だ。退屈だからこそ通用する。バスのことも、家を空ける時間のことも説明がつき、誰も続けて何かを尋ねようとはしない。
ふたりのまわりに、映画は震災の残したものを抱えた人たちを置いていく。市役所の同僚の新田は、家族が無事だったのに、そのあとでばらばらになった。震災前の恋人の健太は、やり直したいと言ってくる。写真家の沙緒里は、震災の前からこの土地を撮り続けてきた。そして、夫が原発にかかわる仕事をしている、仮設住宅の隣人の女性。夫の仕事のせいで、一家は周囲から冷たい目を向けられている。
製作ノートによれば、みゆきがデリヘルで働く場面を除いて、この映画はすべて福島で撮影された。劇中の出来事のいくつかは、ロケハンや撮影のあいだに監督たちが実際に聞いた話から採られている。補償金をパチンコにつぎ込む人々もそのひとつで、壺を売りつける霊感商法も、卒論を書くために他県からやって来る大学生もそうだ。この映画は、作り手たちが土地の人から聞いた言葉でできている。その映画が何かを語らずにおくとき、そのことを覚えておきたい。
映画が差し出さない理由
なぜ彼女はそうするのか。観客が思わず手を伸ばす理由を、映画はひとつずつ脇へ退ける。彼女は貧しくない。市役所の給料があり、公開前に出たある作品紹介は、生活に困っているわけではないとはっきり書いている。英字紙ジャパン・タイムズで評を書いたマーク・シリングも、彼女には返さなければならない大きな借金もなく、背後で操る男もいないと指摘した。映画を観た人たちがあとから書いた感想も、同じところに気づいている。彼女がなぜ始めたのかは、最後まで明かされない。
批評家たちは、それぞれに理由を差し出してきた。どれも聞く価値がある。シリングは、理由のひとつは逃避かもしれないと書いた。「ゆき」でいるあいだは、一種の忘却が手に入るのだと。精神分析の立場から書くある評者は、ただ一方的に降りかかってきた災害のあとで、この仕事が彼女に、いくらか自分で事を動かしている感覚を与えているのではないかと考えた。待機部屋や車のなかの表情を見ていたある観客は、その仕事は彼女にとって、現実を忘れて自分らしくいられる居場所だったのかもしれないと感じた。詳しいあらすじを載せたあるサイトは、晴らしようのない憤りを晴らすためではないかと推し量った。
こうした読みは、ふたつの系統に分かれる。そして映画は、そのどちらにも属さない。ひとつめの系統では、週末は傷である。彼女は自分を罰している、あるいは感覚を麻痺させている、あるいは消えようとしている。ふたつめの系統では、週末は解放である。彼女は主導権を取り戻し、週末のあいだだけは自由でいられる。どちらの物語も、彼女のような立場の女性には、あらかじめ用意されている。そして、同じ欠点を抱えている。週末を喪失の説明にし、喪失を週末の説明にしてしまうのだ。映画はふたつをひとつの人生のなかに並べて置き、どちらにも、もう一方を説明させない。
彼女を象徴にしてしまうのも、同じくらいたやすい。首都に身を売る被災地、というふうに。映画は一度もそうしないし、この文章もしない。
この文章は、どの読みも選ばない。遠慮からではない。映画は最初から最後まで、わざと理由を差し出さずにおいている。その空白を埋める読みは、彼女を説明しようとする人間を、もうひとり増やすだけだ。廣木自身、それに近いことを言っている。みゆき役をオーディションで選んだ理由を、製作ノートのなかでこう語っているのだ。「みゆきのような経験は、想像することさえ非常に難しい。だから、自分の中に何かしら悩みや迷いを持っている人がいいなと思っていた」。瀧内も、あるインタビューで、脚本を読んで印象に残ったのは、すごく余白があって説明がないことだったと話している。
彼女の理由は、彼女のものだ。映画は週末を曖昧にぼかしてはいない。バスも、駅のトイレも、車も、ホテルも映し、客が危険になりうることも隠さない。映画が差し出さないのは、観客がいちばん欲しがるひとつの事実だけである。それさえあれば、彼女について片をつけられる事実。認めるにせよ、憐れむにせよ、責めるにせよ、決めてしまって先へ進むための事実。そのかわりに私たちの前に残されるのは、自分では選ばなかったことだらけの人生のなかで、ひとつの選択をした女性の姿である。
『赤線地帯』の女たちには、理由があった
古い日本映画を隣に置くと、この選択がよく見える。反対の道を選んだ映画だからだ。溝口健二の『赤線地帯』(一九五六年)では、吉原の一軒の店で働く女たちの一人ひとりに、そこにいる理由がある。夫の病気、息子、父の保釈金、結婚への望み、そして父親の言いなりにはならないという意地。この図書室は「『赤線地帯』と、戸口を開けたままにしていた理由」で、溝口はそれぞれの理由を、言い訳としてではなく事実として差し出している、と論じた。周りの誰もがまず向き合うべきだったのに、誰も向き合わなかった事実として。
廣木の映画は、憐れまないという同じ場所に、反対の道からたどり着く。溝口は理由を語ることで女たちを重んじ、廣木は理由を語らずにおくことで、みゆきを重んじる。どちらの映画も、堕ちた女の物語と、救われる女の物語を退ける。ただ、溝口の理由が、それに応えるべきだった社会に向けられているのに対して、廣木の沈黙は観客に向けられている。判決に必要なものを、ひとつだけ取り上げてしまうのだ。それでも眉をひそめることはできる。けれど、自分が何に眉をひそめているのかを知っているふりは、もうできない。
映画が見せるものも、同じくらい大事だ。この映画は、仕事を安全なものとしても、華やかなものとしても描かない。危険は現実にあり、彼女はそれを知っている。そして東京には、何かあったときに駆けつけることを仕事にしている人間が、ひとりだけいる。
終盤、映画は二年前にさかのぼり、三浦が彼女を面接した日を映し出す。そこでも、理由は語られない。はっきりしているのは、三浦の側の決まりのほうだ。自分の仕事は店で働く女の子たちを守ることで、彼女もそのひとりだが、彼女だけを特別に守るわけではない。突き放した言い方に聞こえる。けれどそれは、彼女の人生で「なぜ」と尋ねない、ただひとつの取り決めでもある。映画の公式サイトの紹介文は、ふたりを、互いの素性を何も知らない間柄として描いている。東京で彼女のしていることを知っているただひとりの男は、なぜなのかを知る必要のなかった、ただひとりの男でもある。
この図書室は「重さは秘密ではなく、その手入れである。」で、何かを胸にしまっている人を疲れさせるのは、多くの場合その中身ではなく、しまい続けるための手入れのほうだと論じた。みゆきの手入れは、ほとんどが段取りである。バスの時刻表。化粧ポーチ。ひとつの暮らしをもうひとつに着替える、駅のトイレの個室。誰も聞き返さないほど退屈にしておいた、英会話教室という話。「二重生活」という言葉が言い落としているのは、この手入れだ。暮らしがふたつあるのではない。ふたつが触れ合わないようにしておく仕事があるのだ。
遺体のない喪失
金沢家の中心には、ある特別なかたちの不在がある。みゆきの母は津波にさらわれ、遺体はいまも見つかっていない。映画の悲しみは、この事実を軸に組み立てられている。ここは正確に書いておきたい。それは珍しいことでも、終わったことでもないからだ。
警察庁によれば、二〇二六年二月末の時点で、東日本大震災の行方不明者は二千五百十九人にのぼる。うち百九十六人が福島県である。確認された死者は一万五千九百一人。行方不明者の家族にとって、このふたつの欄の違いは細かな区別ではない。別の種類の喪失なのだ。
国は、こうした死を記録するための道を、驚くほど早く用意した。二〇一一年六月、法務省は、遺体が見つかっていなくても市区町村に死亡届を出せると案内している。欠かせないのは届出人自身の申述書だけで、ほかの書類はできるかぎり揃えるよう求められた。被災の状況を見た人の申述書から、行方がわからないという公的機関の証明書まで。参考となる書面のひとつには、僧侶などが葬儀をしたという証明書も挙げられている。法務省は注意も添えている。死亡届が受理されると相続が始まり、あらゆる法律関係を整理しなければならなくなるので、親族とよく相談するように、と。書類は、事を閉じる準備ができていた。閉じなければならなかったのは、書類ではなかった。修がそうした届を出したのかどうか、映画は語らないし、語る必要もない。
死別の支援にたずさわる人たちは、書類では閉じられないものに名前を与えている。ポーリン・ボスが一九七〇年代に名づけた、「あいまいな喪失」という名前だ。災害グリーフサポートプロジェクトという、日本の死別支援の専門家たちの集まりは、ボスの定義を「はっきりしないまま残り、解決することも、決着を見ることも不可能な喪失体験」と紹介している。悲しみがその場で凍りついてしまう喪失である。ボスは、これが個人の病理ではないことを強調している。問題は外に欠けている事実から生まれるのであって、悲しむ人の内側の何かが間違っているからではない、と。このプロジェクトは震災の翌年からこの考え方を伝えはじめた。行方不明者の家族のために、そして、家はまだそこにあるのに帰ることのできない人たちのために。
プロジェクトの説明は、あいまいな喪失が残す問いの例をふたつ挙げている。夫が行方不明のとき、「私はまだ妻なのか、そうでないのか」。原発の影響で仕事ができなくなった農業者にとっては、「私はまだ農夫なのか、そうでないのか」。修は、そのふたつをひとりで抱えている。ひとつめは夫と妻が入れ替わったかたちで。妻は行方不明のまま、畑は汚染されたまま。そして毎晩、仮設住宅で妻の話をする。語り続けることで、夫婦であり続けようとするかのように。
この言葉が指しているのは状況であって、その中にいる人ではない。ここでは、ひとつの見方として使うだけだ。映画のなかの誰についても、この文章のなかの誰についても、病気だとは言わない。彼らは、終わりがあらかじめ組み込まれていない喪失のなかで暮らしていて、一人ひとりが、自分なりの終わり方を手探りでこしらえていく。
修の時間
父親を教訓話にするのはたやすい。映画はそうしないし、この文章もするべきではない。
補償金は、失ったものに対して支払われる。人柄を試す試験ではないし、映画もその使い道で修を採点したりはしない。けれど、そのお金にできないことに目を向けてみたい。農家の一日には形がある。畑がそれを与えてくれる。いつ起きるか、何をするか、いつ終わるか。補償金は収入の代わりにはなる。一日の代わりにはならない。パチンコ店は、かつて畑が受け止めていた時間を置いておく場所だ。うるさくて、明るくて、屋根があって、何も尋ねてこない人たちであふれていて、次にやることをいつも機械が用意してくれる。ほかにどんな面があるにせよ、そこは、いていい場所なのだ。
それでもみゆきは父に怒る。映画はその怒りも大切に扱う。彼女はパチンコと補償金のことで父に食ってかかる。少しずつ行方不明になっていく親を見ている人の怒りだ。そして、それだけではないのかもしれない。父の悲しみは公然としていて、毎晩、仮設住宅で声に出して語られる。彼女の悲しみは、週末がそれを抱えているのだとしたら、バスで運ばれるしかなかった。自分の喪がひっそりと地下に潜るしかなかった人が、人前で喪に服している誰かを見るとき、特別な怒りが湧くことがあるのかもしれない。
この図書室は「『aftersun/アフターサン』と、子どもには見えなかったもの」で、近くにいることは、その人の内側に届くことではない、と論じた。そばで暮らし、注意深く見ていても、その人の内面が手渡されるわけではない。仮設住宅は、その近さをもっとも文字どおりのかたちにした場所だ。みゆきには、父の時間がひとつ残らず見えている。父には、娘の時間が見えない。どちらも相手の内側には届いていないし、映画も、狭いひとつ屋根の下にいれば距離が縮まるというふりはしない。
そのあとで、彼女の怒りがひとつの出来事を起こす。娘の言葉が引っかかった修は、ある日パチンコを早めに切り上げて帰り、隣人の女性が自ら命を絶とうとしているところに出くわす。夫が原発にかかわる仕事をしている人だ。修はそれを止める。その日から、彼は酒をやめる。
この文章は、そこに長くとどまらない。言っておきたいのはひとつだけだ。映画が見せるのは、誰ひとり英雄のいない出来事の連なりである。娘が怒りの言葉を口にする。それが引っかかった父が早めに家へ帰る。ひとりの女性が、手遅れになる前に見つかる。ひとりの怒りが、たまたま、別の誰かが助かる理由になった。そして彼女を助けた男は、その日から、自分自身を助けはじめる。
この映画のなかで、責めがどこに落ちるかにも目を向けておきたい。原発にかかわる仕事をする男の妻の上に。まるで夫があの原発を建てたかのように。悲しみのなかにいる農家の上に。娘には、お金が機械に吸い込まれていくところしか見えない。そして、もしいわきで誰かが知ることがあれば、週末に東京行きのバスに乗る若い女性の上に。災害は瓦礫をつくるように責めをつくり、責めは落ち着く場所を探してさまよう。映画は、それが間違った場所に落ちるところを何度も見せる。そして題名だけが、どこにも落ちることを拒んでいる。
閉ざされた家と、海
観た人たちがもっとも心を込めて書くのは、修の場面である。一時立ち入りの許可を得て、修は立ち入り制限区域に入り、震災後はじめて自分の家に足を踏み入れる。妻の服を集める。それから、知り合いの漁師の船で沖へ出て、妻に、寒かっただろうと呼びかけながら、服を海へ投げ入れる。
遺体がないから、墓もない。妻が暮らした家は、許可がなければ入れない場所にある。修がするのは、この状況に欠けている儀式を、自分でこしらえることだ。妻を家に連れて帰ることはできない。だから、家に残っていたものを、妻のいるところへ届けに行く。服は温めるためのもので、その仕草は夫のものだ。それはたぶん、この五年で彼がはじめて、妻について語るのではなく、妻のためにできたことだった。
この場面は、演じられただけのものではない。製作ノートによれば、撮影のために地元の漁師が船を二艘出してくれた。光石研が乗った船の持ち主は、修と同じように津波で家族を亡くしていて、この話が来たときには、いろいろな思いがこみ上げてきたと話したという。もう一艘の持ち主は資料を読んでいなかった。スタッフが、遺体の見つからない亡き妻に別れを告げに行く場面だと説明すると、彼は、自分の家の話のようだと明るく笑って、船を出してくれた。廣木はこの作品を、「個人的な心と心のつながりから出来た映画です」と振り返っている。その笑い声は、覚えておく価値がある。悲しみがありふれたものになっている場所では、悲しみはいつもうつむいて運ばれるとはかぎらない。
この図書室は「回復は期間ではない。最初の一度の数だ。」で、何かが終わったあと人を前へ進ませるのは、過ぎていく時間ではなく、一度ずつ通り抜けていく出来事の連なりだと論じた。映画の五年は期間であり、修にとって、その期間はほとんど何も変えなかった。彼を変えるのは、遅れてやってきて、立て続けに起きる「最初の一度」である。パチンコから早く帰った最初の日。酒を飲まない最初の夜。自分の家に足を踏み入れた最初の日。妻の服を抱えて、はじめて海へ出た日。そして最後に、最初の畑。
公的な記録は、帰還を別のやり方で、正確に数えている。福島県によれば、二〇一二年五月、県内外に避難していた人は十六万四千八百六十五人いた。二〇二六年五月一日の時点でも、二万二千六百二十五人が避難を続けている。大事な数字だ。けれど、この数字には、映画に見えているものが見えない。許可を得て一度だけ家に帰り、そこにいない人のために服を取ってくる男の姿は。
新田が答えられなかった問い
新田は、市役所でみゆきと一緒に働いている。家族は震災を生き延びた。けれど父の工場は津波に流され、そのあとの年月のうちに、家族はばらばらになった。母と祖母は、宗教にのめり込んでしまった。
被災地の今を卒論のテーマにしたいという東京の女子大生が、彼に話を聞きにくる。新田は答えられない。尋ねたからといって、映画のなかの誰かが悪者になるわけではない。けれどこの場面は、問いというものが相手に何を求めるのかを正確に見ている。学生に必要なのは、形と意味をそなえた物語としての震災、卒論に収まるものだ。新田の家族は生き延び、それでもばらばらになった。そのふたつの事実を同時に抱えられる物語はないし、頼まれてすぐにそれを差し出すことは、誰にもできない。
彼がかわりにするのは、もっと静かなことだ。震災の前からこの土地を撮ってきた沙緒里と一緒に、新田とみゆきは、失われた風景の写真展を開く。何を見せることにしたのかに目をとめたい。震災そのものではなく、その前の場所だ。かつてそこにあった風景である。これは、あの日のことを一言も語らずに、学生の問いに答える方法でもある。ここには、これがあった。
いわきから遠く離れたところで書かれた、この映画についての文章もまた、あの学生の問いのひとつの形である。そのことは言っておくべきだろう。新田の沈黙が思い出させてくれるのは、人は自分の悲しみを素材にしなくてもいい、ということだ。外から来た者の好奇心は、どれほど誠実なものであっても、それを差し出させる権利にはならない。
健太と、戻る場所のないこと
健太は、震災の前のみゆきの恋人だった。震災のあと、生き残ったことの罪悪感に押しつぶされていた彼は、心ない一言で彼女を傷つけ、ふたりは離れた。いま彼は、やり直したいと言っている。ある日、彼は仮設住宅で彼女の帰りを待っている。
そこから先は、映画のなかでいちばんつらい場面であり、そのつらさは予想とは違う種類のものだ。彼女は健太をホテルへ連れていく。彼女が働いているのと同じ種類の部屋だ。そしてそこで、週末に自分が何をしているのかを打ち明ける。それでも彼は彼女を求める。その瞬間、彼女は気づく。無理なのは、自分のほうなのだと。彼女は部屋を出ていく。
これを、彼が合格したり落第したりする試験として読むのはたやすい。けれどそうではない。大事なのは彼の答えではなく、彼女が知ったことのほうだ。彼女は本当のことを告げた。彼がそれをどう受けとめるかを見たかったのかもしれない。そして知ったのは、自分自身のことだった。震災の前の暮らしへ戻る道は、彼女の側から閉じている。彼は帰る場所を差し出し、彼女には帰る場所がない。部屋を出ていくのは、あの一言への罰でも、週末への判決でもない。正直にたどり着いた認識であり、彼女はすぐにそれに従う。
はっきり言っておきたいこともある。ホテルへ連れていったことは約束ではなかったし、彼が彼女を求めたことは、彼女の同意ではなかった。彼女は部屋のなかで気持ちを変えることができたし、実際にそうした。映画は、部屋を出ていくことを彼女が決めることとして扱っている。当然のことだ。
健太もまた、悪者ではない。生き残ったことへの罪悪感は、この映画を静かに貫く糸のひとつで、彼ひとりのものではない。新田の家族も生き延び、それでもばらばらになった。この映画のなかで、生き残ることはきれいな結末ではない。そこにいない人たちに対して、名前のつけられない何かを負ったまま、生きていくことになる。健太の一言はそこから出てきたもので、映画はそれを、そのままのものとして置いておく。生きていることを自分に許せなかった男の、残酷なひと言として。
三浦と、役を降りる男
東京での彼女の暮らしで、いちばん揺るがない存在が三浦だ。運転手で、用心棒で、何かあれば駆けつける人。彼にはもうひとつの暮らしがあって、それは演劇の世界にある。三浦を演じた高良健吾は、あるインタビューで、三浦はデリヘルの従業員として働いているときも「演じている」のだと語り、いつもそれを意識して演じたと話している。製作ノートによれば、廣木は、自身も熊本から出てきた高良に、煌びやかな東京という街で自分の立つ場所をつかんだ男を演じてもらうことで、居場所のない主人公との対照が際立つと考えていたという。
ある週末、みゆきは三浦が店を辞めたことを知る。俳優の仕事に打ち込むためだという。彼女は彼の舞台を観にいき、笑顔で帰り道を歩く。映画はその笑顔を説明しない。彼女についてほかの何も説明しないのと同じように。この文章も、それには触れずにおく。ただ、彼女がたったいま何を観てきたのかには目をとめておきたい。ふたつの暮らしを持ち、そのひとつが役だった男が、人前でひとつを選び、もうひとつから降りていくところだ。彼女に向けられた教訓ではない。客席から見えた、ひとつの可能性である。
やがて、いわきに戻った彼女のもとに、彼からの知らせが届く。生まれたばかりの双子の写真だ。何かがうまくいかないときに駆けつけていた男が、何かがうまくいったことを知らせてくる。
子犬と、小さな嘘
物語は、ふたつの小さな新しい命と、ひとつの嘘で終わる。いわきに戻ったみゆきは子犬を買い、捨てられていたのを拾ったと父に話す。修は子犬を腕に抱く。そして修は、ふたたび畑を耕しはじめる。
この嘘には、少し立ち止まる価値がある。この映画は、ふたつの嘘に挟まれているからだ。ひとつめの嘘、英会話教室は、父を彼女の週末から遠ざけておくためのものだった。ふたつめの嘘、捨て犬は、父の毎日に何かを招き入れるためのものだ。どちらも、父のことを考えてつかれた嘘である。捨てられていた生き物は、引き取るしかない。贈り物なら断るかもしれない人でも、受け取る資格がないと思っている人でも、捨てられたものを拾うことならできる。彼女は、父に世話をする相手を与えられるくらいには、父のことをわかっている。だから贈り物を、贈り物としてではなく、世話の要るものとして差し出す。
撮影のあいだ、瀧内は仮設住宅でひとり暮らしをしている年配の女性と親しくなった。別れぎわ、その女性は瀧内の手を握り、嘘をつかないで生きてほしいと言ったという。瀧内はいくつかのインタビューでそのことを話している。廣木はその言葉に、芝居についての願いも聞きとった。感情に正直に演じてほしい、ということではないか、と。毎週末、父に嘘をつく女性を演じようとしている俳優に向けるには、厳しい祝福である。けれどその言葉を念頭に置いて観ると、映画は、廣木が引いたのと同じところに線を引いているように見える。みゆきは、どこへ行くのかについては嘘をつく。何を感じているのかについては嘘をつかない。とりわけ自分自身には。本当のことが意味をもつ場面、ホテルの部屋で健太と向き合う場面で、彼女は本当のことを告げ、そこから導かれるもうひとつの本当のことを、自分に告げる。
何ひとつ解決はしない。誰も治らず、何も説明されず、映画は彼女が週末をやめるところも見せない。娘は父に抱くものを与え、自分の胸のうちは明かさないままでいる。
この読みに対する反論
ここまでの読みには、本気の反論がある。できるだけ強いかたちで並べておく。
第一の反論は、日本映画の内側から来る。廣木の『ヴァイブレータ』の脚本を書き、自身も監督である荒井晴彦は、二〇一九年のインタビューで、この映画を観たうえで、こう言い切っている。「あの映画は震災に寄りかかり過ぎている」。だからこそ展開されるべきドラマが展開されず、ドラマそのものが成立していない、と。荒井はもっと広く、震災を題材にした映画が嫌いだとも語っている。自分は当事者ではなく、当事者になることもできない。所詮は他人事だと踏まえたうえで、どう近づくかを考えつづけるしかない。当事者になったつもりで映画をつくるという発想は、ひどくいやらしいものだと思う、と。この見方に立てば、この文章が評価してきた沈黙は、ただの空白にすぎない。本物の災害の重さに支えられて、起きるはずの物語が起きないままでいる映画だ。
これは本物の反論で、答えられるのは一部だけだ。荒井は、この映画が震災に寄りかかっていると言う。作り手たちが語ったのは、むしろその逆だった。二〇一七年六月の完成披露の舞台挨拶で、廣木は、舞台は福島だが、どこで暮らしていても起こり得る物語だと述べた。福島出身ではない自分にこの題材が表現できるのかとためらう瀧内には、これは福島だけの話じゃないと声をかけている。けれど、この普遍化にも危うさがある。原発事故は津波とは違う種類の出来事であり、廣木自身がいちばん見せたかったふたつの風景のひとつに挙げた、黒い大きな袋に詰められて並ぶ汚染土は、どこにでもある風景ではない。どこででも起こりうる喪失を描く映画であっても、その喪失を借りてきた特定の土地に対しては、何かを負っている。
第二の反論は、まなざしについてのものだ。みゆきの仕事の場面は長く、露骨である。映画は十五歳未満が観られない区分で公開され、ある観客は、撮り方やアングルがアダルトビデオのような目線に見えて驚いた、と書いている。廣木は一九八二年、ピンク映画でデビューした監督で、こうした場面がふつうどのように撮られるのかを知り尽くしている。彼女の理由を裁かない映画が、それでも市場と同じ目つきで彼女を見ている、ということはありうる。この文章は、そうした場面を描写しないし、これからもしない。外側から、この問いに決着をつけることもできない。言えるのは、彼女の理由について判決を控えることと、画面のなかで彼女を尊重することは同じではない、ということだけだ。映画は、その批判に対して開かれている。
第三の反論は、語らないことそのものに向けられる。懐疑的な人はこう言うだろう。身体を売る若い女性についての小説を書き、しかもその経験は想像することさえ難しいと自分で認めた男が、わからないことを配慮という衣装で包んだだけではないか。沈黙は謙虚さかもしれない。けれど、女性自身の声があるべき場所に空いた穴なのかもしれない。製作ノートには、瀧内が実際にその仕事をしている女性たちに話を聞いたとある。それが芝居に何を与えたにせよ、映画はそのどれも言葉にはしていない。この文章は、謙虚さのほうに傾いている。映画の沈黙が、偶然と呼ぶにはあまりに一貫しているからだ。それでも、これを逃げだと考える読者の側には、映画の成り立ちそのもの、つまり女性の秘密を描いた男性の小説という出自がついている。
第四の反論は、ある観客のものだ。そしてそれは、題名があらかじめ見越していた反論でもある。その人は、結末でこの暮らしから抜け出すところが描かれないのが残念だったと書き、彼女の人生は間違いではないと今の状況を肯定してしまうには悲しい話だ、と続けた。正直な受けとめ方であり、映画がしないことを正確に言い当てている。映画は出口も救いも与えない。市役所の仕事と、子犬を抱く父と、映画が取り上げない週末を、彼女に残していく。それが尊重なのか、見捨てることなのか。映画はその問いを観客に手渡し、答えはしない。
この図書室が受け取るもの
身体を売ることが癒しだということではない。害だということでもない。映画はどちらの言い方も退けているし、この文章も退ける。
この図書室が受け取るのは、いわきをはるかに越えて届く、ひとつの区別である。誰かの理由を重んじることと、理由を差し出させることは違う。みゆきのような立場の女性に向けられる親切の多くは、「なぜ」と尋ねるところから始まり、善意から出ている。けれどこの映画は、ときには尋ねないことのほうが親切なのだと示している。彼女がどこにいるのかを知っていること。何かあったら駆けつけること。そして、「なぜ」は彼女の手に残しておくこと。三浦の決まりは、ぶっきらぼうだ。それでも、それはひとつの敬意のかたちでもある。
父親からは、もうひとつのことを受け取る。悲しみには置き場所が要る。遺体が見つからず、家が許可の向こうにあるとき、人は自分で置き場所をつくる。パチンコ店、渋谷のホテルの部屋、写真展、沖へ出る船。映画はそれらに順位をつけない。海がパチンコ店より立派な場所だというのではない。海は、修がようやく妻のために何かをすることができた場所なのだ。この映画で人を動かすのは、自分の置き場所から出ていくことではなく、置き場所と置き場所のあいだを渡っていく小さな行いである。怒りの言葉。早めの帰り道。やさしい嘘を添えて、戸口から運び込まれる子犬。
そして題名について、三つめのことを。「彼女の人生は間違いじゃない」は、映画による承認ではない。映画が、裁きの場を開くことそのものを断っているのだ。それは承認よりも差し出しにくく、ずっと珍しいものである。
だから、一度だけ、あなたに。もしあなたの一週間のなかに、誰のものでもない時間があるなら、一度も説明したことがなく、これからも説明しないかもしれない時間があるなら、それはあなたに不利な証拠ではない。その理由を、誰かに渡す義務はない。持っておく価値があるとすれば、それはもっと小さなものだろう。なぜかは知らなくても、あなたがどこにいるかは知っていて、何かあれば駆けつけてくれる人がひとり。
そして、この映画でいちばん心に残ったのが隣の女性のことだったなら、もしあなた自身がその縁に近づいたことがあるなら、それは誰かに話していいことだ。厚生労働省の「まもろうよ こころ」のページには、電話や文字のやりとりで話せる相談窓口がまとめられていて、その多くは無料だ。そのひとつ、よりそいホットラインは二十四時間つながる。外国語で話せる窓口もあるが、受付時間はそれより短い。
この文章が主張しないこと
これは一本の映画の読みである。登場人物も現実の人も、誰ひとり診断しないし、ここに書いたことはどれも、読者について何かを言うものではない。「あいまいな喪失」という言葉は、それを生んだ人の使い方にならい、状況を指す言葉として使った。そこにいる誰かの状態を指す言葉としてではない。
この文章は、映画そのものを観て書いたものではない。物語は、公開されている作品のあらすじ、公式サイトの紹介文と製作ノート、そして批評やインタビュー、観た人たちが書いた感想にもとづいている。台詞はすべて言い換えであり、正確な引用として示したものはない。廣木、瀧内、高良、荒井の言葉と製作ノートの言葉は、それぞれの出典にもとづき、引用か要約で示した。シリングの評は英語からの訳である。
みゆきがなぜそうするのかについては、何も主張しない。映画が何も主張しないからだ。日本の性風俗をめぐる法律についても、放射線の健康への影響についても、何も主張しない。公的な数字は、二〇二六年二月末時点の警察庁の死者数と行方不明者数、そして二〇一二年五月と二〇二六年五月一日時点の福島県の避難者数である。いずれも日付とともに示しており、数えている以上のことは何も語っていない。
補償金を受け取った誰かがその使い方を誤ったとも、避難した人や原発にかかわる仕事をする人の家族に何かの責任があるとも言っていない。映画の町が福島全体を代表しているとも言わない。いわきはひとつの市であり、映画はひとつの物語であり、そのなかの誰も象徴ではない。
ここで名前を挙げた監督、俳優、批評家、団体、官庁のいずれにも、この文章について相談はしていないし、誰もこの文章を推薦していない。
手元に残しておきたい問い
あなたの暮らしのなかに、一度も説明したことのない部分はあるだろうか。それに必要なのは説明だろうか。それとも、あなたがどこにいるかを知っている誰かだろうか。
あなたのまわりで、悲しみを人前で語っているのは誰だろう。バスに乗せて運んでいるのは誰だろう。あなたがより強く怒ってきたのは、どちらだっただろう。
誰かにあなたの物語を求められたとき、あなたは何を負っているだろう。物語のかわりに、そこに何があったかを見せることはできるだろうか。
何かが終わったあと、もう一度はじめてしたことは何だっただろう。誰かはそれに気づいてくれただろうか。
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