赤線地帯
Street of Shame
ストーリー
結末まで書いています。
溝口健二の遺作。売春防止法を前にした吉原の女たち。
国会で売春防止法案が審議されているころ、吉原の特殊飲食店「夢の里」では、田谷夫婦のもとで女たちがそれぞれの事情を抱えて働いている。
若いやすみは計算高い。客の望む言葉をささやいて金を貯め、仲間に利子をつけて貸してはさらに増やす。なじみ客のひとりは、彼女と一緒になれると信じて、勤め先の金を横領してまで彼女に貢ぐ。ハナエは病気の夫と幼子を抱え、一家の暮らしを支えている。未亡人のゆめ子は、ひとり息子といつか一緒に暮らす日を夢見ている。より江は普通の主婦にあこがれている。そこへ神戸から、派手で浪費家の、アメリカかぶれの娘ミッキーが加わる。
彼女たちの望みは、次々に崩れていく。結婚して店を出たより江は、夫がただ働きの女手を欲しがっていただけだと知り、戻ってくる。ハナエの夫は将来を悲観して自殺を図る。母の死を知らせ、家に戻れと言いに来た父親を、ミッキーは母を泣かせた女癖を責めて追い返す。ゆめ子は、愛する息子に仕事を恥じられて縁を切られ、正気を失う。だまされたと知った客は、やすみを殺しかける。
ラジオが法案の流産を伝え、行き場のない女たちは今日も店に出る。やすみだけが抜け出していく。夜逃げした元客の貸布団屋を買い取り、女主人に納まるのだ。やすみに代わって、下働きのしづ子が店に出ることになる。着物を替え、化粧を施されたしづ子は、女たちがあからさまに男の袖を引くなか、ためらいながら、戸口から男に声をかける。
主な出演
京マチ子ミッキー役
神戸から来た、アメリカかぶれの奔放な娘。連れ戻しに来た父親を責め立てて追い返す。
ミッキーの物語
神戸から「夢の里」にやって来たミッキーは、派手で口が達者で、女たちの中でもひときわ目立つ。金は惜しげもなく使う。やがて神戸から父親が訪ねてきて、母が死んだと告げ、家のために、世間体のためにこの仕事をやめて帰ってこいと言う。ミッキーは涙を流し、それから父に食ってかかる。母が生きていたころ、さんざん女遊びをして母を泣かせておきながら、いまさら世間体か、と。彼女は父を追い返す。国会で法案が流れたとラジオが伝えたときも、ミッキーは夢の里にいる。抜け出していくのは、やすみだけだ。
若尾文子やすみ役
客をだまして金を貯め、仲間に金を貸して増やす若い娼婦。最後は店を構える側に回る。
やすみの物語
やすみは、汚職で投獄された父の保釈金のために「夢の里」に来て、いまでは店いちばんの稼ぎ手になっている。客ごとに望む言葉をささやいて金を引き出し、仲間には利子をつけて金を貸す。なじみ客の青木は、彼女と一緒になれると信じて、勤め先の金を使い込んでまで借金を肩代わりする。貸し布団屋の主人も彼女に金を注ぎ込み、やがて借金を踏み倒して夜逃げする。だまされたと知った青木に襲われ、やすみは殺されかける。回復した彼女は、法案が流れたあと、夜逃げした客の店を買い取って女主人に納まる。吉原から抜け出していくのは、女たちの中で彼女ひとりだ。
木暮実千代ハナエ役
病気で将来を悲観する夫と乳飲み子を抱え、自分の稼ぎで一家を支える娼婦。
ハナエの物語
ハナエは毎日家から「夢の里」に通い、その稼ぎで病気の夫と赤ん坊を養っている。寒い夜には夫が赤ん坊を連れて迎えに来るが、帰り道に明るい話はない。結婚して店を出ていくより江を、仲間とともに送り出す。やがて夫は将来を悲観して、自ら命を絶とうとする。それでもハナエは働き続ける。最後には家主に家を追い出される。売春防止法案が流れたとラジオが伝えたあとも、行き場のない彼女は、夢の里で客を取り続ける。
三益愛子ゆめ子役
ひとり息子との同居を夢見て働く、年かさの未亡人。
ゆめ子の物語
年かさの未亡人ゆめ子は、稼いだ金をひとり息子に送り、いつか一緒に暮らす日を夢見ている。息子が「夢の里」を訪ねてきても、恥ずかしくて会えず、息子は客を引く母の姿を目にしてしまう。田舎を訪ねると、息子は東京に働きに出ていた。ひとり立ちしたことを、ゆめ子は喜ぶ。ようやく会う約束をとりつけると、きっと一緒に住もうと言ってくれる、と仲間にはしゃいでみせる。だが息子は母の商売を汚いと言い、もう連絡してくるなと縁を切る。店に戻ったゆめ子は黙り込み、やがて正気を失って病院へ送られる。
町田博子より江役
普通の主婦にあこがれる娼婦。結婚して店を出るが、やがて戻ってくる。
川上康子しづ子役
店の下働きの娘。最後の場面で着物を替え、化粧を施されて初めて店に出る。
この作品が問いかけるもの
『赤線地帯』は溝口健二の遺作で、1956年3月、国会が売春の禁止をめぐって揺れているさなかに公開された。売春防止法が公布されたのは同じ年の5月、溝口が亡くなったのは8月だ。この映画には、ひとりの主人公がいない。病気の夫、ひとり息子、借金、普通の結婚への夢。それぞれの理由を抱えた女たちは、堕ちた女としてでも犠牲者としてでもなく、経営者と借金と利子のある商売の働き手として描かれ、映画は興行的にも成功した。描かれるのは、性の仕事と法、そして家族や結婚や金が女たちをその仕事に押しやり、とどめておくしくみだ。抜け出せと言う息子も、夫も、国会も、代わりの暮らしを差し出しはしない。初めての客を呼ぶ若い下働きの姿で終わるラストは、戸口を開けたままにする改革に何の意味があるのかを問う。