波紋
Ripples
ストーリー
結末まで書いています。
夫の失踪後に新興宗教に入った妻のもとへ夫が戻る。怒りをコメディで。
2011年3月、東日本大震災と福島の原発事故の直後。ある朝、須藤修は庭に水をまくホースを出しっぱなしにしたまま姿を消し、戻らなかった。妻の依子には、寝たきりの義父の介護が残された。息子の拓哉は九州の大学へ進み、そのまま帰ってこない。依子は新興宗教「緑命会」に入り、ありがたい水を飲み、庭を砂紋を描く枯山水に造りかえる。
およそ十年後、義父を看取ったあとの家に、修が何事もなかったように帰ってくる。がんを患い、未承認薬のために父の遺産がほしいと言う。依子は、遺産はすべて自分に残すよう義父に遺言を書いてもらったと告げる。パート先のスーパーでは、値引きを迫って店員を怒鳴りつける客がいる。依子の息抜きは、清掃員の水木とプールで泳ぎ、サウナでおしゃべりする時間だけだ。自分も更年期に苦しんだという水木は、修の話を聞き、我慢なんかするなと依子をけしかける。
拓哉が、結婚するつもりだという聴覚障害のある珠美を連れて帰省する。依子は珠美を東京見物に連れ出し、その帰りに、拓哉と別れてほしいと言う。珠美は笑う。お母さんはきっとそう言うと、拓哉から聞いていたのだ。依子は珠美をどこかへ連れて行き、戻った珠美は沈み込んでいる。どこへ行ったのか、映画は語らない。拓哉は母に、父が出ていったのは放射能のせいじゃない、お母さんのせいだと言う。結局、依子は修の治療費を出すことにし、点滴を受ける彼のそばで、その金額を呪文のようにつぶやく。
ある日、仕事から戻った依子は、枯山水の庭に倒れている修を見つける。まだ息がある。依子がどうしたのか、映画は映さない。修は死ぬ。葬儀の日、棺を運ぶ係員が飛び石で足をすべらせ、棺がひっくり返って、修の遺体が砂の上に転がり出る。依子は笑い出し、止まらなくなる。雨のなか、帰っていく拓哉は、前にやっていたフラメンコをまた始めたらと言い残す。ひとりになった依子は、喪服のまま枯山水の上で踊り出し、そのまま表の通りへ踊り出ていく。
主な出演
筒井真理子須藤依子役
スーパーで働く主婦。義父の介護をひとりで担い、新興宗教に心の平穏を求めてきたが、自分を捨てた夫を迎えることになる。
須藤依子の物語
依子は、残されたものの上に暮らしを築いてきた。砂紋を描いた枯山水、緑命会のありがたい水、水木と泳ぐプール。がんを抱えて帰ってきた修を家に置き、遺産はすべて自分に遺されたと告げる。我慢するなと水木にけしかけられ、お客様は神様だろと値引きを迫る客に、はい半額にします、私の夫はがんです、神様なら夫を助けてください、と言い返す。拓哉が連れてきた聴覚障害のある珠美には、息子と別れてほしいと頼む。結局は修の治療費を払い、点滴のそばで金額を呪文のようにつぶやく。枯山水に倒れた修を見つけ、まだ息がある彼の前で迷うが、何をしたのかは映されないまま、修は死ぬ。葬儀では笑いが止まらなくなり、ひとり残された彼女は、喪服のまま踊りながら表の通りへ出ていく。
光石研須藤修役
依子の夫。原発事故のあと失踪し、十年後、がんを患って金を求めて帰ってくる。
須藤修の物語
2011年3月の朝、テレビが福島の原発事故を映すなか、修はホースを手に庭で立ちすくみ、そのまま姿を消す。寝たきりの父の介護は妻に残された。およそ十年後、何事もなかったように帰ってきた彼は、以前と同じように横柄にふるまう。がんを患い、未承認薬のために父の遺産を当てにするが、遺産はすべて依子に遺されていた。妻の留守に仏壇のまわりを漁って金を探し、妻の漬けた漬物を満足げに食べ、妻の宗教を揶揄する。治療費を出したのは結局、依子だった。ある日、彼は枯山水の庭に倒れる。見つけた依子の前でまだ息はあるが、彼女が何をしたのかは映されず、修は死ぬ。葬儀の日、棺がひっくり返って、遺体が砂の上に転がり出る。
磯村勇斗須藤拓哉役
ふたりの息子。九州の大学へ進んで家を離れ、珠美と結婚すると告げに帰ってくる。
津田絵理奈川上珠美役
拓哉の恋人で、聴覚障害がある。結婚を考えているが、依子から別れてほしいと言われる。
木野花水木役
依子と同じスーパーで働く清掃員。一緒にプールへ通う仲になり、我慢するなと依子をけしかける。
キムラ緑子橋本昌子役
依子に平穏と自分の価値を感じさせてきた新興宗教「緑命会」の幹部。
この作品が問いかけるもの
『波紋』は、すべてを押しつけられた女性の怒りの映画だ。災害が来たとき、夫は逃げ、彼女は残って義父を介護した。映画はその代償を、乾いた調子で、ときに喜劇として描いていく。作品の紹介そのものが挙げる問題がここに集まっている。震災の長い影、老老介護、平穏と自分の価値を与えてくれる新興宗教の引力、障害者への差別。映画は依子に甘くない。息子の恋人への彼女の偏見は、夫の身勝手と同じくらいはっきりと映され、庭に倒れた夫を見下ろす瞬間の判断は観る側に委ねられる。脚本も書いた荻上直子監督は、物語を赦しではなく、笑いと踊りで締めくくる。自分を捨てた男に、女は何を負っているのか。その問いは開かれたまま残る。