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Cinema 月明かりの映画館

トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして

Disclosure

2020ドキュメンタリーアメリカ

465作品の星図のなかで見る

ストーリー

結末まで書いています。

スクリーンに映されたトランスの100年を、トランス当事者が語る。この主題に触れる前に参照すべき一本。

サム・フェダー監督によるこの作品は、映画とテレビがトランスジェンダーの人々をどう描いてきたかの歴史を、すべてトランス当事者の語りでたどる。俳優、脚本家、監督、研究者。製作総指揮も務めるラバーン・コックス、歴史家スーザン・ストライカー、映画作家ヤンス・フォード、ジェン・リチャーズ、チャズ・ボノ、リリー・ウォシャウスキーらが登場する。出発点はひとつの数字だ。アメリカ人の約8割は、トランスの知り合いがいないという。だから多くの人にとって、トランスの人々を紹介してきたのはスクリーンだった。

映画は映画の誕生から始まる。ストライカーは1914年のグリフィス作品『ベッスリアの女王』に登場する女装の召使いを読み解き、フォードはグリフィスの女装ギャグを、彼の黒塗りの表現と並べてみせる。テレビの女装コント、『サイコ』『殺しのドレス』『羊たちの沈黙』の殺人者、『クライング・ゲーム』や『エース・ベンチュラ』の「正体を隠していた」という筋立て。トランス女性に惹かれていたと知った男たちが吐く場面が、次々に重ねられる。病院ドラマや刑事ドラマでは、トランス女性は殺されるか、レイプされる。「数えきれないほど死んだ」とキャンディス・ケインは言う。コックスは、そうした物語のせいで、トランスであることは死の宣告だと思っていたと語る。トランス男性たちは『ボーイズ・ドント・クライ』を、画期でもあり傷でもあったと振り返る。ジェン・リチャーズは、カミングアウトしたとき友人に『羊たちの沈黙』を持ち出されたことを思い出す。手術についてばかり尋ねるトーク番組の映像もまとめて示される。映画は救いになった作品も拾い上げる。『愛のイエントル』、『ビクター/ビクトリア』、女装したバッグス・バニー、そして『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』や『タンジェリン』。終盤、弁護士チェイス・ストランジオは、見えることだけでは足りないと釘を刺す。ひと握りのトランスの人を有名にしても、大多数を生活の基盤から締め出す仕組みは変わらないのだ。

主な出演

  • ラバーン・コックス本人

    俳優で製作総指揮。トランスであることを死の宣告のように感じさせた映像と、『愛のイエントル』がくれた喜びを語る。

  • スーザン・ストライカー本人

    トランスの歴史の研究者。最初期の映画を読み解き、トランスと映画はともに育ってきたと論じる。

  • ヤンス・フォード本人

    アカデミー賞候補となったドキュメンタリー作家。グリフィスの女装ギャグと黒塗りの表現を結びつけて語る。

  • ジェン・リチャーズ本人

    脚本家で俳優。カミングアウトしたとき、友人に『羊たちの沈黙』を持ち出された経験を語る。

  • チャズ・ボノ本人

    ソニー&シェールの息子。人目を避けて性別移行するために「自分の死を装った」と語る。

  • リリー・ウォシャウスキー本人

    『マトリックス』の共同監督。女装したバッグス・バニーに、画面の中の自分を初めて見たと振り返るひとり。

この作品が問いかけるもの

主張は単純で、射程は長い。ほとんどの人がトランスの人と知り合ったことがないなら、紹介役はスクリーンが担う。そしてスクリーンは1世紀にわたり、トランスの人々を笑いもの、殺人者、嘘つき、死体として紹介してきた。映画の中では、ハリウッドは観客にトランスの人々を恐れるよう教えてきたと語られる。重みを生むのは語り手だ。全員がトランス当事者で、多くは、まだ言葉を持たなかったころの自分や家族のまなざしを形づくった場面を見つめ直している。作品は自らの限界も口にし、終盤で、見えることは安全や正義と同じではないと認める。痛みより分析を求める批評や、ストーンウォール暴動の描き方への異論もあった。2021年、同性愛者の権利団体が選ぶメディア賞で最優秀ドキュメンタリー賞を受けた。