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『異人たち』と、自分の時代の言葉で息子を愛する母

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四十代の男が生家を訪ねると、三十年前に死んだ両親が、死んだ日の姿のまま暮らしている。いまでは、彼のほうが年上だ。自分が何者かを打ち明けたとき、母の愛と怯えは同じひとつの文のなかでやってくる。それも、彼女の時代が与えた言葉でしか届かない。映画は彼女を、正しいことを言う母に書き直さない。見えてくるのは、親に見てもらうことが、丸ごと認めてもらうことと同じではなかったということ。そして最後に、見る側と見られる側が入れ替わるということだ。

台所で息子に軽い食事を出している女は、その息子より若い。

息子は四十代の脚本家で、ロンドンの新しい高層マンションにひとりで暮らしている。住人はほかにひとりしかいないらしい。母のほうは、三十年ほど前に死んでいる。彼が十二歳の誕生日を迎える直前に、夫とともに交通事故で。ところが郊外の生家を訪ねてみると、ふたりはあの頃のまま暮らしていた。壁紙も、レコードも、若い顔も、そのままだった。母は雨に濡れた服を早く脱ぎなさいと息子を急かし、しげしげと眺めて、ほんの子どもだったのに、もう子どもじゃないのね、と言う。それから、恋人はいるのかと尋ねる。

彼は、自分はゲイなのだと答える。

アンドリュー・ヘイ監督の『異人たち』で、この場面はほんの数分しか続かない。けれど、親に見てもらうということについてこの映画が言いたいことの多くは、もうそこにある。母の最初の返事は、問い返しだ。それから怯えが、ひとつ、またひとつと押し寄せてくる。どれも、彼女が生きた年月の言葉でできている。息子は許しを求めているのではない。自分が何者かは、とうにわかっている。彼が求めているのはもっと名づけにくいもので、映画は残りの時間をかけて、それに名前を与えていく。

この文章は、結末を含めて映画の全体に触れる。結末は、それまでのほとんどすべての読み方を変えてしまう。何も知らずに観たい人は、ここで読むのをやめてほしい。

この物語は、ひとつの願いから始まった。原作は山田太一の小説『異人たちとの夏』である。次女が伝えるところでは、自分のいいところも悪いところも丸ごと受け止めてくれるのは、幻想のなかの両親ではないか。山田はそう考えて、この小説を書いたのだという。ヘイはその願いを受け継ぎ、そのいちばんたやすい部分だけを退けた。この母は、息子を丸ごと受け止めることができない。少なくとも、最初は。彼女は愛と怯えを同じひとつの文で差し出し、映画はそんな彼女を、正しいことを言う母に書き直そうとしない。この文章が読み取るのは、親に見てもらうことは、丸ごと認めてもらうことと同じではなかった、ということだ。それは、自分の時代の怯えや限界を抱えたままの人に見られることであり、その人が食卓を立たずにいることである。そして最後に、映画はそのまなざしを反転させる。母がどう死んだのかを知っているのは、もう息子しかいない。彼は、母はそれを知らなくていい、と決める。

どんな映画か、そして読み進める前に

『異人たち』はアンドリュー・ヘイが脚本と監督を手がけたイギリス映画で、山田太一が一九八七年に発表した小説『異人たちとの夏』をもとにしている。小説は二〇〇三年に英訳されたが、日本ではそれより早く、一九八八年に大林宣彦が映画にしている。主人公アダムをアンドリュー・スコット、隣人ハリーをポール・メスカル、両親をクレア・フォイとジェイミー・ベルが演じた。二〇二三年八月三十一日にアメリカのテルライド映画祭で初めて上映され、イギリスでは二〇二四年一月二十六日に、日本では同じ年の四月十九日に公開された。

英国インディペンデント映画賞では作品賞を含む七部門を受賞し、英国アカデミー賞では、母を演じたクレア・フォイの助演女優賞を含む六部門の候補になった。二〇二四年の暮れには、英紙ガーディアンが、その年イギリスで公開された映画の第一位に選んでいる。

物語には三つの死がある。交通事故で亡くなった両親と、結末で明かされるもうひとつの死である。どれもはっきり書くが、そのありさまを描くことはしない。

郊外の家と、息子より若い両親

物語が始まるとき、アダムの暮らしはひどく静かだ。高層マンションは新しく、ほとんど人がいない。ある夜、隣人が扉を叩く。年下のハリーが、ウイスキーの瓶を手に酔って、入れてほしいと言う。アダムは戸惑い、彼を帰してしまう。子ども時代についての脚本を書こうとして行き詰まっていた彼は、電車で育った郊外の町へ向かい、あの家まで歩き、そこで暮らしている両親に出会う。

家は本物だ。ヘイ自身が育った、ロンドン南部クロイドンのはずれの家で、監督は四十年ぶりにそこへ戻った。撮影隊が訪ねたときの住人は、三十年ものあいだ内装に手を入れていなかったという。両親について、映画は何ひとつ説明しない。ふたりは死んだ日の姿のままで、つまり、いまでは息子より若い。ヘイは、この小説に惹かれた理由を、ずっと前にいなくなった両親にもう一度会えたら、それも、いまや自分と同じ年ごろの両親に、という着想にあったと語っている。配役が、その逆転を目に見えるものにする。父を演じるジェイミー・ベルは、息子を演じるアンドリュー・スコットより十歳若い。

クレジットには、覚えておきたい小さな事実がふたつある。ひとつは、両親に名前がないことだ。英語のクレジットには、母さん、父さんにあたる呼び名が記されているだけで、それが息子にとっての彼らであり、映画が彼らに与えた名前のすべてでもある。もうひとつは、クレア・フォイの言葉だ。自分は、アダムが覚えているとおりの彼女を演じているのだとわかっていた、と彼女は語っている。クレジットに名前のある六人のうち、女性はふたり。もうひとりはウェイトレスである。

だから、ここにはふたつの問いがある。同じ問いではない。ひとつは、母は息子を見ることができるのか。もうひとつは、ひとつ目の問いのせいでつい忘れてしまうのだが、私たちはいったい誰の目を通して彼女を見ているのか、である。

小説が願ったもの、この映画が与えないもの

山田太一は一九三四年、東京の浅草に生まれた。『岸辺のアルバム』や『ふぞろいの林檎たち』で知られる脚本家で、この小説は五十三歳のときに書いている。主人公は、山田と同じくテレビドラマの脚本家で、年齢も近く、故郷も同じ浅草。小説のなかでは、十二歳のときに両親を交通事故で失っている。山田自身も、十歳で母を亡くしていた。次女によれば、ここまで自分自身を重ねた作品は、父にとって特別なものだった。

その次女、長谷川佐江子さんは、父が当時をどう語っていたかを明かしている。その頃は父にとって難しい時期で、そのなかで山田は、自分のいいところも悪いところもまとめて受け止めてくれる存在があるとすれば、それは幻想のなかの両親ではないかと考えたのだという。けれども、中年の男が父や母に甘えたいという話を読みたい人はいないだろう。だから、ファンタジーの力を借りて、亡くなった両親としてなら書けるのではないか。父はそう考えたのだと、娘は伝えている。

これが、物語の根にある願いだ。丸ごと受け止めてもらうこと。ヘイはその形を残し、代価のほうを変えた。製作資料のなかで彼は、アダムは両親に知ってもらいたくてたまらないのだと述べ、すぐに続けて、郷愁はしばしば別の真実を隠すものだし、両親は自分たちが生きた時代の産物なのだ、と釘を刺している。丸ごと受け止めてもらうのは、受容の幻想である。知ってもらうのは、もっと難しい。知る側の人間は、いつまでも、その人自身のままだからだ。

映画はアダムに両親を返し、彼を愛させる。けれど、失われた三十年のあいだに少しましになった両親を返すことだけは、しない。

台所と、恋人をめぐる問い

その場面は、ありふれた午後として始まる。アダムは、母がひとりで家にいるときに訪ねていく。母は軽い食事を出して息子の暮らしを聞きたがり、あの時代の母親らしく、恋人か奥さんはいるのかと尋ねる。彼は、自分はゲイなのだと言う。

母はまず、それは同性愛者ということかと聞き返す。そして怯えが、ひとつ、またひとつとやってくる。どれにも日付がついている。彼女の生きた年月に、ニュースがこういう男たちと結びつけていた病気のこと。人に知られたら、大通りを歩いているとき、本屋の店先で、ひどい目に遭わないか。それに、それはとても寂しい生き方だと聞くけれど、と。息子は、母が死んでから多くのことが変わったのだと話す。いまは男どうしでも結婚できるし、子どもを持つこともできる。母は、それをどう受け取ればいいのかわからない。

寂しさについても、息子は答える。それがこの場面でいちばん正確なせりふだ。自分は寂しいのかもしれない。でもそれは、ゲイだからではない。

クレア・フォイは、この場面をどう演じたかを語っている。母の言うことはすべて愛情にあふれているのに、息子はその言葉そのものに裁かれていると感じる。その事実を、現代の感覚で曇らせたくなかった、と。母に正しいことを言わせれば、観客にも登場人物にも不誠実になる、と彼女は考えた。場面は決着のないまま終わる。母はやがて受け入れるが、映画はそれを画面の外で起こさせる。

どちらの側にも心を寄せて読みたい。息子は、ずっと前から自分を知っている四十代の男だ。それが数行のうちに、打ち明けたあとも家族がそばにいてくれるかどうかを待つ少年に戻ってしまう。アンドリュー・スコットは、まさにその願いについて語っている。母は、自分がいなかった三十年ぶんの息子の人生を、数分で飲みこむよう求められた女だ。フォイの読みでは、その人生のどの部分も、自分がどんな母親だったかへの判決のように彼女に落ちてくる。どちらも、感じていることが間違っているわけではない。この場面はふたりの両方にむごい。そして、そのむごさは、ふたりのどちらのなかにもない。

変わることを許されなかった女

わかりやすい読み方は、母には偏見があり、映画はそれを隠さずに描いた、というものだ。一理はある。けれどそれでは、この映画が彼女のなかで本当に悼んでいるものを取り落とす。

この物語のほかの誰もが、考えを改めるための三十年を持っていた。法律は変わった。画面に映せるものも変わった。息子は育ち、家を離れ、打ち明け、自分の人生を生きた。母には、その年月がひとつもない。彼女は若くして死んだ。息子が十一歳のときに。そのあと彼女がなりえた誰かは、そこで止まった。台所にいるのは、彼女がなるはずだった人ではない。彼女がなることを許された人だ。

フォイは、それを批評家の誰よりもはっきり言っている。彼女を偏見に凝り固まった人物にしようとしてはいけない。もしいまを生きて大人になれていたら、六十代になって、ゲイだと自認する息子をもつ女性だったら、まったく違う女性で、まったく違う母親になっていたと思う。でも彼女には、その機会がなかった。とても若くして死んだせいで、それを奪われたのだ、と。

スクリーンの女性について、この映画が言っていることがあるとすれば、それだ。よそから借りてきた問いではない。この映画に登場する女性は、実質的に彼女ひとりしかいない。そしてその母は、あらゆる場面で息子の人生と引き比べられる。そこにいたのか。知っていたのか。正しいことを言ったのか。やり直すための未来は、彼女には与えられていない。そのうえで映画は、彼女に対してひそかに珍しいことをしている。ジェイミー・ベルが言うように、この種の物語では、打ち明けられて受けとめきれないのは父親の役だと思われがちだ。ここでは戸惑うのは母で、父は拍子抜けするほど平然としている。映画はより難しい反応を女性に与え、それでも彼女を悪役にはしない。

彼女は、見てもいた。映画はそれに気づかせてくれる。最初に訪ねた日、まだ何も打ち明けていないうちに、母は、あなたは昔から感じやすい子だったものね、と言っていた。ふたりのどちらにも言葉がないうちから、彼女は息子について何かを知っていた。親に見てもらうというのは、しばしばこういう形をしている。ひと目で正しく見てとりながら、それを受けとめる言葉をもたないこと。気づいていながら名づけられなかった母は、一度も見なかった母とは違う。

この図書室の「ひとり暮らしは世帯の形であって、診断名ではない」は、娘が母に、ひとりで寂しくないのかとやさしく尋ねる場面から始まり、その問いが三つのことをひとつに畳みこんでいると論じた。どう暮らしているか、誰かが気にかけてくれているか、そして夜が実際にどう感じられるか。台所の母は、同じ畳みこみを逆の側からしている。暮らしの形を、寂しさの宣告に変えてしまうのだ。アダムの答えは、それを一行でほどく。結婚していない女性や、ひとりで暮らしている女性のなかにも、自分を愛してくれる人の口から、このせりふに似た言葉を聞いたことのある人がいるかもしれない。映画は、その心配に根拠がないとは言わない。心配の理由が取り違えられていた、と言うのだ。

扉の向こうにいた父

父の番がくると、彼はほとんど冗談のような調子でそれを受けとめる。前からわかっていた、と彼は言う。この子はボールがまるで駄目だったから。おかしくて、少し刺さる。映画はその両方を、そのままにしておく。

もっとつらい話は、別のところにある。アダムは子どものころ、学校でいじめられていた。家に帰って部屋で泣いていたこと、父が何ひとつ言ってくれなかったことがどれほどこたえたかを、彼は父に話す。父の返事は、この映画で誰が口にする言葉よりも正直だ。息子が泣きじゃくる声は聞こえていた、と彼は認める。それでも部屋には入らなかった。自分があの年ごろだったら、たぶん、いじめる側の少年のひとりだったと思ったからだ。それから父は謝り、ふたりは抱き合う。

その記憶のなかの子どもは、子どもだった。ほかの少年たちが何をしたにせよ、そしてその理由について大人になった彼がいま何を理解しているにせよ、部屋で泣いていた少年に、そんな目に遭ういわれは何ひとつなかった。映画はそれ以外のことを一度もほのめかさないし、この文章もそうする。

ジェイミー・ベルは、この場面でいちばん本当だと感じたのは、謝りながらも父がなお息子を傷つけていることだった、と話している。謝っているその最中にも、ボールの話を持ち出してしまう。自分のどの言葉が刺さるのか、まだわからない。親は、自分という人間の内側からしか謝ることができない。

「『aftersun/アフターサン』と、子どもには見えなかったもの」は、近くにいることは届いていることではない、と論じた。休暇のあいだじゅう父を見つめていた娘にも、父の内側で起きていることには手が届かなかった。この場面は、同じ発見を逆の向きからなぞる。父は扉越しに息子の声が聞こえるほど近くにいて、それでも扉を開けなかった。三十年遅れて、映画は彼に、それを口に出させる。

クリスマスと、ベッドと、謝罪の代わりの歌

そのあいだに、ハリーのノックから始まったものは愛になっている。ハリーもまた自分の家族と距離があり、アダムにとって、何年ぶりかに本当に話せる相手だった。映画はふたりを、急がず、見世物にもせずに、恋人として描く。ふたりの性愛は、親密さとして撮られている。ほかに誰もいないような街の高みで、孤独なふたりの男が、互いの体と互いの来歴を少しずつ知っていく。

ある夜、ふたりはクラブへ踊りに行き、ケタミンを使う。アダムには初めてのことで、ハリーのほうは慣れている様子を見せる。アダムは自分がどこにいるのかを見失い、気がつくとクリスマスの生家にいる。三人でツリーに電飾を飾っていて、両親はペット・ショップ・ボーイズの「オールウェイズ・オン・マイ・マインド」に合わせて歌っている。感じていたのに、ちゃんと示せなかった愛についての歌だ。

ジェイミー・ベルは、あの場面を、母が息子に謝っているのだと受けとめていた、と語っている。台所での会話は、言葉のうえではうまくいかなかった。クリスマスに彼女は、その場面が与えてくれる唯一の言葉で、つまり流行歌と電飾で、同じことを言う。そちらのほうが、本当の言い方だったのかもしれない。

その夜、彼は眠れない。両親の寝室へ行き、小さな男の子のようにふたりのあいだにもぐりこんで、事故のあとのことを母に話す。祖母のもとに預けられたこと。母は息子のために悲しむ。この場面はワンカットで撮られていて、カメラは母と息子だけが画面に入るまで寄っていく。引いたとき、アダムの向こう側に寝ているのは父ではなく、ハリーだ。ヘイは、性愛と、愛されたいという欲求と、親の愛とのつながりを、意図してこう結んだと語っている。アダムが必要としている人たちは、ひとつのベッドにいる。映画は、それが別々の必要だというふりをしない。

ヘイは、アダムはもう一度子どもになれるのだ、と言っている。それは、こういうことなのだ。求めてきた会話ではない。ベッドのなかの、自分の場所である。

祖母が隠していたことと、やさしい嘘

部屋に戻ると、アダムは、誰にも話したことのなかった部分をハリーに打ち明ける。父は即死だった。母は病院で数日生きていた。祖母は、一度も母に会わせてくれなかった。

これをほかのすべてと並べると、ひとつの形が見えてくる。少年だった彼は、愛する人たちから自分を隠していた。悲しみのなかの少年だった彼は、いちばん会う必要のあった人から遠ざけられた。この映画は最初から、見ることと、見ることを許されないことについての映画だった。

彼はハリーを両親に会わせようと、生家へ連れていく。家には誰もいない。アダムを案じたハリーは帰ろうと言い、振り向いたふたりは、窓の向こうに母の姿を見る。翌朝、両親はやさしく、自分たちを手放しなさいと息子に告げる。そして子どものころ彼が好きだったレストランへ連れていき、テーブル越しに、彼にしか答えられない問いを尋ねる。自分たちの死は、あっという間だったのか。

ふたりとも即死だった、と彼は答える。

それは本当ではない。彼はそれを、母のために言う。死にゆく母に会わせてもらえなかった少年が、いま、母がどう死んだのかを知っているただひとりの人間としてテーブルについている。そして、母はそれを知らなくていい、と決める。映画のなかで彼がすることのうち、いちばん愛情深いことだ。そして、それは嘘である。父がそろそろ行かなくては、と言いかけたとき、アダムは手を伸ばして父の口をふさぐ。言葉を止めれば、別れも止められるかのように。ベルによれば、それは台本になかった、スコット自身のしぐさだった。そして、ふたりは消える。

ここで映画は、自分自身の問いをひっくり返す。ほとんどの時間、問われていたのは、親は子を見ることができるのか、だった。最後には、子が親を、親が自分自身を見るよりも深く見て、何を見せるかを選ぶ。ヘイは、愛において大切なのは、誰かから何をもらうかではなく、自分を必要としている人のために何ができるかであり、それは親が子に向ける愛にも恋愛にも言えることだ、と語っている。あのレストランは、その言葉を息子が演じてみせた場面だ。

開けなかった扉

それから、彼はハリーを訪ねる。ハリーは死んでいた。アダムの扉を叩き、帰されたあの夜から、ずっと。どのように死んだのかを、この文章は書かない。

台所では、ハリーの霊が待っている。誰にも見つけてもらえなかったことを恥じながら。あの夜はとても怖かった、ただひとりでいたくなかったんだ、と彼は言う。ヘイは、これこそがハリーの孤独の悲劇だと語っている。あの部屋で死んでいて、誰も見つけてくれなかった。彼の両親でさえ。いま、見つけた人がいる。

アダムは彼を自分の部屋へ連れて帰る。ふたりは並んで横たわり、アダムはハリーの耳もとで、ある歌の一節を唱える。あの最初の夜、ハリーが戸口で言い換えて口にしていた歌だ。フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「パワー・オブ・ラヴ」。恐ろしいものを戸口から遠ざけると約束する歌である。カメラは引いていき、やがてふたりは、星々のあいだの小さな光になる。

母のあのせりふが、ここで重さのすべてを取り戻す。とても寂しい生き方。アダムは寂しかった。ハリーもそうだった。アダムが母に語った変化のあとに育つことのできた年ごろなのに。ヘイも同じことを言っている。世界が変わったからといって、いまの若者が孤独を感じないわけではない、と。母は理由を取り違えていた。けれど、恐れるべき何かがあることについては、間違っていなかった。

この結末を、アダムが扉を閉ざした夜への判決として読むのはたやすいし、むごい。映画はそう読ませない。人から自分を遠ざけて生きてきた男は、夜更けに酔って扉を叩く見知らぬ人に、すぐに扉を開けたりはしない。それは道徳の失敗ではなく、ひとつの人生がとってしまった形だ。映画はその代わりに、彼にハリーを見つけさせ、そばにとどまらせ、抱きしめさせる。ヘイはこの結末を希望だと言う。この宇宙でいちばん大事なのは愛であり、クィアな愛もまた宇宙の大きさで意味をもつのだ、と。希望なのかもしれない。そして、ひどく遅い。映画はその両方を抱えたまま、私たちにどちらかを選ばせない。

浅草の夏と、題から消えた季節

日本の読者の多くにとって、この物語はすでに知っている物語だ。山田太一の小説は一九八八年に第一回山本周五郎賞を受け、いくつもの言語に訳されてきた。主人公は妻子と別れた中年の脚本家で、ひとり息子とも疎遠なまま、夜にはほとんど人のいない建物にひとりで暮らしている。浅草で、死んだときの両親にそっくりな夫婦に出会い、通ううちに、みるみるやつれていく。そして、彼がすげなく追い返した同じ建物の女性もまた、死者のひとりだったとわかる。

大林宣彦が一九八八年に松竹で撮った映画版は、両親を浅草の古い木造アパートに住まわせた。父を片岡鶴太郎、母を秋吉久美子、大人になった息子を風間杜夫が演じ、別れは浅草のすき焼き屋での、親子水入らずの宴だった。蒸し暑い午後、ちゃぶ台を囲んで、母の手作りのアイスクリームを食べる。そんな昭和の家族の情景を覚えている人もいるだろう。結末は唐突にホラーへと転じ、その評価はいまも割れている。

母を演じた秋吉久美子は、もともとはもうひとりの女、つまり主人公を誘惑するマンションの女を演じるつもりでいたのに、母の役が回ってきて、最初は気が進まなかったと話している。のちに彼女は、あの母を、すぐに仕事を辞めてしまう稼がない父の横でけらけら笑っている、自然体の母だったと振り返った。好きな場面を尋ねられて彼女が選んだのは、いちばん小さな場面のひとつだった。物干し台から、息子役の風間杜夫に「またおいでよ」と声をかけながら、前掛けを振る場面。そこには、そのときの自分の心も、自分の息子に対する距離感も、すべてが集約しているようだ、と彼女は語った。

ヘイは、この芯のまわりにあるほとんどすべてを変えた。隣人は男になり、やさしい人になった。ホラーはなく、主人公に息子もいない。死者たちは彼を衰弱させるのではなく、最後には、自分たちを手放して前へ進みなさいと言う。そして、夏が消えた。原作の題は『異人たちとの夏』だ。夏に死者が帰ってきて、また送り返さなければならない。日本の読者なら、そこにお盆を思わずにいるのは難しい。大林版がその言い伝えを幻想の要素に重ねていた、と指摘した評者もいる。ヘイの映画の真ん中にあるのは、夏ではなくクリスマスで、日本で公開されたときには、邦題からも夏が消えていた。同じ評者は、それを少しさびしいと書いている。

山田は、この映画を見届けている。二〇二三年十一月の初め、完成した映画を観た。八十九歳で世を去る、少し前のことだ。次女は、父が食い入るように、ものすごい集中力で観ていたこと、観終えて満足そうに、感慨深げにしていたことを語っている。山田の作品を海外に届けようと長年力を尽くした妻の和子さんは、完成を待たずに亡くなっていた。エンドロールには、その名前がある。

もうひとつの違いは、映画ではなく世界のほうにある。アダムが母に、いまは男どうしでも結婚できると話すとき、それはイギリスの話だ。日本では、民法や戸籍法の規定は同性どうしの結婚をいまも認めていない。二〇二六年三月、最高裁はこの規定をめぐる六件の訴訟を大法廷に回付した。高裁の判断は、五件が違憲、一件が合憲と分かれていた。いま日本で同じ会話をする息子には、母の怯えに向けて差し出せるものが、アダムより少ない。

この読みに対する反論

ここまでの読みには、本気の反論がある。いちばん鋭いものの多くは、この領域をこの文章よりよく知っているゲイの書き手たちから来ている。

ひとつ目は、この両親はそもそも人物になっていない、というものだ。英紙ガーディアンでキャスパー・サーモンは、両親の描きこみはひどく薄く、アダムが渇望する愛を体現するためだけに存在している、と書いた。もしそうなら、この文章は、映画が一度も描かなかった女性に多くの心を砕き、俳優のインタビューから彼女の内面を借りてきたことになる。それに完全に答えることはできない。フォイ自身、アダムが覚えているとおりの母を演じたと言っている。スクリーンにいるのは息子が思い出す女性であり、この文章に言えるのはせいぜい、その思い出が、痛みまで含むほどには正直だということだ。

ふたつ目は、母の怯えは平板すぎて、擁護するに値しない、というものだ。自分の父は、自分がセクシュアリティをはっきりさせる前に亡くなったと書くジェイソン・オクンダイエは、母の戸惑いを、心に届くには凡庸で芸がなさすぎると感じた。ただし、それこそが要点なのかもしれない、この死者たちは自分が死んだ時代の言葉と考え方の枠に閉じこめられているのだから、とも書いている。この文章は、彼の言葉の寛大なほうの半分をとった。まさにこうした言葉を生きている親から聞かされた読者が、その寛大さまで引き受ける義理はない。

三つ目は、この映画は絶望を愛しすぎている、というものだ。同じ議論のなかでバリー・レヴィットは、この映画はゲイの絶望にしか関心がないように見える、と書いた。ゲイの恋物語が、恋人の片方の死で終わる。そうした恋人たちが生き延びない物語には、長い系譜がある。ヘイはこの結末を希望だと言う。同じひとつの最後の場面について、どちらも本当でありうる。この文章は、それに決着をつけたふりをしない。

最後の反論は、この家に向けられる。この家は私的な同伴を売っている。空っぽの高層マンションにひとりで住み、扉を叩いたただひとりの人を帰してしまう男の映画は、この家にとって中立の場所ではない。だから、はっきり言っておくべきだろう。この映画は、私たちの味方ではない。アダムに欠けていたのは、誰かと過ごす時間一般ではなかった。三十年前に死んだ、ほかの誰でもないふたりと、自分が帰してしまったもうひとりだった。誰とどんな約束をした一時間も、それには応えられない。この住所から出る文章が、そうでないかのように書くべきではない。

この図書室が受けとるもの

親に受け入れられることが、ごほうびなのではない。この映画は、それよりやさしく、それより厳しい。

この映画が見せるかぎり、親に見てもらうというのは、一度届けばすべてが片づく判決ではない。自分自身のままの人に見られることだ。自分の時代の言葉で怯えながら、同じ口で愛を伝え、名づけられないまま息子について正しく、三十年も響きつづけるほど息子について間違う人に。アダムが得るのは、正しいことを言う母ではない。台所にとどまり、あとで歌で謝り、自分のベッドに入れてくれる母だ。そのうえで彼は、小説の願いにはなかったものを手にする。母を丸ごと見て、見えたものをやさしく扱う機会である。

「『秘密の森の、その向こう』と、母と対等に出会うこと」は、娘に届かないのは母の同時代性だと論じた。母がまだ娘と同じ背丈の人間で、何ひとつ決まっていなかった時間のことだ。この映画は、息子にその先にあるものを与える。彼はいま、母より年上だ。母の時代が彼女に何をしたのか、彼女から何を奪ったのかを、親が生きているあいだには、どんな子どもにも見えないやり方で見ることができる。「誰かに話したい夜に必要なのは、答えではなく、言葉だ。」は、この同じ映画を、そこにいた人に本当の一文を告げたいという必要の例として取り上げた。結末が付け加えるのは、その一文が意味をもつために、聞き手が完璧である必要はない、ということだ。

生まれ育った場所から遠く、別の国や別の言葉のなかで暮らしている読者にとって、自分の暮らしと、それについての親の言葉とのあいだの距離は、年月だけでなく道のりでも測られる。あの台所の場面は、思いのほか近くに感じられるかもしれない。

だから一度だけ、あなたに。親に言えずじまいになった一文があるなら、あるいは言ったのに怯えで返されたなら、その答えが何を意味していたのかを、今夜決めなくていい。愛と怯えが同時にあったのかもしれない。怯えだけだったのかもしれない。アダムは、そのどちらにも決着をつけないまま抱えていることを許され、うまく聞きとってくれなかった人たちを愛しつづけることを許されている。それは教訓ではない。問いを開いたままにしておくための、余白だ。

持ち帰るための問い

親に見てほしかった自分のどこかを、親は言葉にできただろうか。

あなたを愛していた人が怯えで答えたとき、あなたはその怯えと愛を見分けられただろうか。見分ける必要はあっただろうか。

その人自身よりも、あなたのほうがその人生をよく知っている、という相手はいるだろうか。あなたは、その人に何を見せずにおこうと決めただろうか。

そばにいながら届かなかった誰かの孤独はあるだろうか。扉を叩くには、何があればいいのだろう。

この文章が主張していないこと

この文章は文化についての分析であり、臨床的なものではない。誰も診断せず、いかなる治療も記述しない。喪失や孤独といった言葉は、映画を読むための見方として使っているのであって、虚構であれ現実であれ、誰かについての所見ではない。

場面やせりふは、この映画について公にされている記述が伝えるとおりに示し、記述が食い違うところは、引用ではなく言い換えにとどめた。ハリーがどのように死んだのかについては、何も述べていない。アンドリュー・ヘイや俳優たち、山田太一の家族の私生活について、本人たちが公に語ったこと以上のことは主張せず、監督や俳優の発言を、映画の意味の証明としては扱っていない。

小説と一九八八年の映画は概略だけを示し、二〇二三年の映画と異なるところでは、三つを混ぜずに書いた。

この映画が触れたあなたの喪失が、悲しみを越えて危ういものに感じられるときは、文章ではなく人に話してほしい。厚生労働省の「まもろうよ こころ」には、電話や文字のやりとりで相談できる窓口がまとめられている。

ここで名前を挙げた監督、俳優、作家、評者、媒体のいずれについても、この文章はそれらを推奨するものでも、それらから推奨されたものでもない。どれも、この家とは関わりがない。

ほかの章から読む

誰かに話したい夜に必要なのは、答えではなく、言葉だ。午前一時の衝動は、助言を求めているのではなく、正確には、誰かがそばにいることを求めているのでもない。いま感じているものに名前と目撃者が与えられ、それが天気であることをやめて、起きたことになるのを求めている。『キッチン』と、喪失のあとに誰かと食べること最後の親族を失った若い女性は、冷蔵庫のそばでしか眠れない。それが音を立てているからだ。そのあとに続くものは、ふつう癒しについてのやさしい小説として説明される。ひとつの家庭とは何かについての小説と呼ぶほうが正確である。その家庭を指す言葉がどれも当てはまらないときに。そして、一度も宣言されず、一度も曖昧でない愛についての小説と。ブラジル。公開で交渉し直されている取り決めと、そこに女性が持つ余地この書庫に並ぶ他のどの社会も、性についての規則を、すでに死んだ人々から受け継いだ。ブラジルはそれをいま交渉し直している。十二年で八ポイント動いた国勢調査のなかで、番号と提出者を持つ法案のなかで、双方の言い分を同じ一枚に書き込んだ司法判断のなかで。分かりやすい読みは、カトリックから福音派へ、ゆえに自由から保守へ、というものである。記録はそれを拒む。ここにいる読者が受け取れるのは予測ではなく、一つの比較である。規則が声高で争われているとき、女性の動ける余地はどうなるのか。規則が静かで前提にされているとき、それはどうなるのか。声高な規則は、彼女に相手を与える。静かな規則は、彼女に天候を与える。

読みもののお便り

週に二通。書いたもののなかから選んで、三篇と、一篇。売り込みはありません。

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