アレックス
Irreversible
ストーリー
結末まで書いています。
逆順で語られるレイプ。カンヌでの退席者続出。9分の場面はここでは名を記すのみ。
『アレックス』は、パリのひと晩を、切れ目なく見える長回しで逆向きに語る。映画は結末から始まり、始まりで終わる。冒頭、小さな部屋でふたりの男が話している。ひとりはギャスパー・ノエの前作『カノン』の肉屋だ。外の通りでは、ゲイクラブ「レクタム」の前が騒がしい。
出来事を起きた順にたどる。アレックスと恋人のマルキュスは、自分たちの部屋でくつろいだ朝を迎える。彼女は赤いトンネルがふたつに裂ける夢の話をし、妊娠検査をする。結果は映されないが、うれしそうだ。その夜、パーティーへ向かう地下鉄で、アレックスは元恋人のピエールとセックスをめぐって言い合い、マルキュスは気にもとめない。パーティーでマルキュスは酔ってコカインをやり、アレックスはピエールに彼を頼んでひとりで帰る。赤い地下道で、彼女はテニアと呼ばれるポン引きがトランスジェンダーの娼婦を殴っている場に出くわす。男はアレックスに向かい、彼女をレイプし、意識を失うまで殴りつける。
外に出たマルキュスとピエールは、救急車に運ばれていくアレックスを目にする。ふたりのチンピラが犯人探しを手伝うと言い、マルキュスは娼婦のコンチャを脅して、犯人の名とクラブ「レクタム」の名を聞き出す。そこへ行くためにタクシーの運転手を襲いもする。クラブで、マルキュスはテニアだと思い込んだ男につかみかかり、腕を折られ、レイプされかける。穏やかなはずのピエールが、その男を殴り殺す。本物のテニアはすぐそばで、にやにやと眺めている。マルキュスは担架で運び出され、ピエールは逮捕される。
時間を逆にたどるこの映画の最後に来るのは、朝の部屋と、公園にいるアレックスの姿だ。映像は激しい明滅に変わり、「時はすべてを破壊する」という言葉が映し出される。
主な出演
モニカ・ベルッチアレックス役
パリに暮らす若い女性。妊娠しているかもしれない彼女は、ある夜、ひとりでパーティーを出る。
アレックスの物語
アレックスは部屋でマルキュスの隣に目を覚まし、赤いトンネルがふたつに裂ける夢の話をする。彼が出かけたすきに妊娠検査をし、映されない結果に喜びで輝く。地下鉄では、元恋人ピエールに、あなたはいつも私のことばかり気にしていたと言う。パーティーでマルキュスが酔ってコカインをやり、ほかの女の子に声をかけると、ピエールに彼を頼んでひとりで帰る。赤い地下道で、テニアと呼ばれる男がトランスジェンダーの娼婦を殴っている場に出くわし、男は彼女をレイプし、意識を失うまで殴る。彼女は担架で救急車へ運ばれる。時間を逆にたどるこの映画は、彼女を一日の始まりに残して終わる。マルキュスと過ごす朝の部屋と、子どもたちが水遊びをする公園の芝生で本を読む姿に。
ヴァンサン・カッセルマルキュス役
アレックスの恋人。パーティーでは奔放にふるまい、その夜、彼女を襲った男を探しに飛び出す。
マルキュスの物語
マルキュスはアレックスの隣で目を覚まし、彼女が身ごもっていることを願う。パーティーへ向かう地下鉄では、アレックスとピエールの言い合いに関心も払わない。パーティーでは酔ってコカインをやり、ほかの女の子に声をかけ、アレックスはひとりで帰る。外に出た彼は、担架で運ばれる彼女を目にする。犯人探しを手伝うというチンピラの話に乗り、娼婦のコンチャを脅してテニアという名とクラブ「レクタム」を聞き出し、タクシーの運転手を追い出して車を奪う。クラブで、テニアだと思い込んだ男につかみかかるが、腕を折られ、レイプされかける。ピエールがその男を殺し、マルキュスは担架で運び出される。本物のテニアは、すぐそばでそれを眺めていた。
アルベール・デュポンテルピエール役
アレックスの元恋人。思慮深く穏やかな男だが、マルキュスの追跡に加わり、人を殺してしまう。
ピエールの物語
ピエールはかつてアレックスの恋人で、いまも彼女を想っている。地下鉄では、彼女を満足させられなかったことをくどくどと蒸し返し、あなたはいつも私のことばかり気にしていたと言われる。パーティーを出る彼女に、マルキュスのことを頼まれる。担架で運ばれる彼女を見たあと、警察の聴取を受け、復讐に燃えるマルキュスをなだめようとするが、しぶしぶ夜の街についていく。クラブ「レクタム」で、マルキュスが腕を折られてレイプされかけると、ピエールはその男を殴り殺す。男は犯人ではなく、本物のテニアはそばで笑っていた。ピエールは逮捕される。
ジョー・プレスティアテニア役
地下道でアレックスを襲うポン引き。最後まで捕まらない。
この作品が問いかけるもの
『アレックス』が境界線上の作品とされるのは、ひとつの場面のためだ。およそ9分間、カットを割らずに撮られたレイプの場面で、カメラは目をそらさない。2002年のカンヌではおよそ200人が途中で席を立ったと報じられ、批評は、過剰で不必要だとする声と、ロジャー・イーバートのように、醜さを冒頭に置くことで観客に性暴力を真剣に考えさせると論じる声に分かれた。時間を逆にたどる構成そのものが、この映画の主張だ。復讐が先に来て、無意味なものとして示される。殺された男は犯人ではない。優しさは最後に来て、痛みとしてしか受け取れない。ゲイクラブの描写を同性愛嫌悪だとする批判もある。残るのは、見るという行為への重い問いだ。映画は、女性の苦しみを見世物にせずに、レイプの重さを伝えることができるのか。