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Cinema 月明かりの映画館

炎の二人

Fire

1996映画インド、カナダ

465作品の星図のなかで見る

ストーリー

結末まで書いています。

合同家族の義理の姉妹が恋に落ちる。右派団体が映画館を襲撃し、作品は再検閲に。

幼いラーダーは、からし菜の畑で母の話を聞いている。海を見たいと願った人の話だ。その話の意味が、彼女にはわからない。

歳月が流れ、デリー。シーターは下位中流の大家族に花嫁として迎えられる。夫のジャティンは、兄の小言をやめさせるためだけに見合い結婚を承知した男で、新婚旅行のあいだも妻にほとんど目を向けず、中国系の恋人ジュリーとの交際を続けている。兄弟は軽食と貸しビデオの小さな店を営む。家には、脳卒中で体の自由も言葉も失った母ビージー、使用人のムンドゥ、そして兄アショークの妻ラーダーが暮らしている。アショークは、欲望こそ苦しみの根であり断つべきだと説く導師に傾倒している。ラーダーが子を産めないため、彼は十三年間妻と寝ておらず、自らの意志を試したくなると、妻を身じろぎもさせずに隣へ横たわらせる。子のないことに、ラーダーは罪の意識を抱えている。

与えられた暮らしを受け入れようとしないシーターの気概は、少しずつラーダーにも移っていく。ある晩、夫たちに顧みられないふたりは互いに慰めを求め、恋人になる。ひそかに関係を続けるうちに愛を自覚し、家を出る道を探し始める。すべてを見ているビージーには、止めるすべがない。やがてムンドゥがふたりの関係に気づき、アショークがその場に踏み込むよう仕向ける。

アショークは愕然とし、その光景が長く押し殺してきた自分の欲望をかき立てたことにも打ちのめされる。シーターはすぐに荷物をまとめて家を出る。ラーダーは夫と話すために残り、ふたりはその夜に落ち合う約束をする。長く従順だったラーダーは、ついに夫に胸の内をぶつける。言い争ううち、彼女のサリーに火が燃え移る。アショークは手を貸さずに見ている。ラーダーは自分で火を消し、母の話を思い出して、ようやくその意味を知る。自分の海が見えたのだ。家を出た彼女を、シーターが待っている。

主な出演

  • シャバーナー・アーズミーラーダー役

    子を持てず、務めに縛られた兄嫁。夫の禁欲の誓いのもと、十三年も触れられずにいる。

    ラーダーの物語

    幼いラーダーは、からし菜の畑で、海を見たいと願った人の話を母から聞くが、その意味がわからない。アショークに嫁いだ彼女は子を産めず、自分を責めている。夫は十三年、彼女と寝ておらず、欲望を断つ誓いを試すときには、彼女を身じろぎもさせずに隣に横たわらせる。シーターの気概が彼女にも移り、夫たちに顧みられないふたりは恋人になって、家を出る道を探す。使用人ムンドゥがビージーの前でポルノを見ているのをとがめると、彼は秘密を知っていると言い返し、やがてアショークをふたりのもとへ導く。家に残って夫と向き合った彼女は、初めて胸の内をぶつける。サリーに火が燃え移っても夫は見ているだけだ。自分で火を消した彼女は、自分の海を見て、シーターのもとへ向かう。

  • ナンディター・ダースシーター役

    無関心な夫に嫁いだ若い花嫁。一家が求める生き方を、そのまま受け入れることを拒む。

    シーターの物語

    シーターは花嫁としてデリーの大家族に迎えられ、新婚旅行のタージ・マハルでも、ほとんど目を向けない夫の隣にいる。ジャティンは兄の小言をやめさせるためだけに結婚し、恋人ジュリーと会い続けている。家では暑い台所で働き、店を手伝い、口のきけない姑ビージーの世話をし、夜はひとりで過ごす。やがて彼女はラーダーと心を通わせ、ある晩ふたりは恋人になる。私たちのような者を言い表す言葉は、私たちの言葉にはない、と彼女は言う。ラーダーの髪に油を塗り、男の格好をしてビージーの前で彼女と恋の歌を歌い、ふたりで家を出る道を探す。アショークに見つかると、すぐに荷物をまとめて家を出て、約束どおりラーダーを待つ。ラーダーは彼女のもとへやって来る。

  • クルブーシャン・カルバンダーアショーク役

    ラーダーの夫。欲望を断てという導師の教えに従い、店のわずかな稼ぎを導師に差し出す。

  • ジャーヴェード・ジャーフリージャティン役

    アショークの弟。家族の小言をやめさせるためにシーターと結婚し、恋人ジュリーと会い続ける。

  • ランジート・チョードリームンドゥ役

    一家の使用人。ふたりの秘密に気づき、アショークに知られるよう仕向ける。

この作品が問いかけるもの

『炎の二人』は、インドでもっとも「まっとう」とされる制度、大家族の内側にふたりの女性の恋を置き、彼女たちに女神の名を与えた。イスマト・チュグターイーの1942年の短編をゆるやかに下敷きにし、それぞれに妻を顧みない理由を見つけた夫たちを描く。ひとりは恋人に、もうひとりは欲望を断てと説く導師の教えに。1998年11月にインドで公開されると、右派シヴ・セーナーの活動家がムンバイやデリーの映画館を襲い、政府は作品を検閲機関に差し戻した。翌年2月に削除なしで再上映され、これを機にレズビアンの権利を求める団体も生まれた。家父長制を女性の性の否定に還元しているという批判もあり、ディーパ・メータ監督は、これは人生の選択をめぐる映画だと語った。どう読んでも、残る姿は同じだ。待てと言われ続けてきた女性が、もう待たないと決める。