恋の罪
Guilty of Romance
ストーリー
結末まで書いています。
作家の妻が大学講師に導かれて街娼に。東電OL事件に着想。
大雨の日、渋谷のラブホテル街、円山町の廃屋のようなアパートで、女性の他殺体が見つかる。そばの壁には「城」という文字が書かれていた。知らせを受けたとき、刑事の吉田和子は愛人とラブホテルにいた。家に帰れば夫と子どもがいる。行方不明の女性を洗ううちに、和子はふたりの名前にたどり着く。
菊池いずみは人気作家、菊池由紀夫の妻だ。夫は小説を書くために毎朝7時に家を出て夜9時に帰り、スリッパの位置ひとつにまでこだわるが、妻にはめったに触れない。ひとりの時間を持て余したいずみは、スーパーでソーセージの試食販売のパートを始める。モデルの仕事だとおだてられて行った撮影はアダルトビデオの撮影で、いずみは見られる快感を知ってしまう。胸元の開いた服で街を歩くようになった彼女は、デリヘルを営む青年カオルを通じて、尾沢美津子と出会う。昼は大学で文学を教え、夜は円山町で身体を売る女性だ。愛のないセックスには金を介在させなさい、その額は男があなたにつけた値段なのだから。美津子はいずみの師となり、由緒ある家の出で娘を蔑む母親にも引き合わせ、亡き父を男として愛していたと打ち明ける。ふたりのあいだで、田村隆一の詩の一節がくり返される。言葉なんかおぼえるんじゃなかった。
やがていずみは、夫が小説のために、あの廃屋で何度も美津子を買っていたこと、そして美津子が初めから自分を常連客の妻と知っていたことを知る。廃屋でふたりは取っ組み合いになる。死ぬ機会を待っていた美津子自身がいずみをけしかけ、カオルと居合わせた母親も娘の死を望んでいる。そうして美津子は、その場にいた者たちの手で殺される。
和子が尾沢家を訪ねると、母親は晴れ晴れとした顔で座っており、奥の部屋ではカオルが自ら命を絶っていた。由紀夫は体面を取り繕うばかりだ。いずみは姿を消したまま、とある漁港を、身ひとつでさまよっている。和子はごみ袋を両手に提げたまま、ごみ収集車を追いかけて走り、気づけば円山町に戻っている。
主な出演
神楽坂恵菊池いずみ役
人気作家の妻。性のない、決まりごとずくめの結婚から抜け出し、夜の街で身体を売るようになる。
菊池いずみの物語
いずみは、決まりごとずくめで妻にめったに触れない作家の夫、由紀夫に仕えている。スーパーで試食販売のパートを始め、モデルの仕事だとおだてられて行った撮影はアダルトビデオだったが、見られる快感を知る。胸元の開いた服で街を歩くようになり、デリヘルを営むカオルを通じて、昼は大学で文学を教え夜は身体を売る美津子と出会う。愛のないセックスには金を払わせなさい、その額が男のつけた値段なのだから。美津子はいずみの師となる。だがやがて、夫が美津子を何度も買っていたこと、美津子が初めから自分をその妻と知っていたことを知る。廃屋でふたりは取っ組み合いになり、美津子はそこで殺される。いずみは姿を消し、とある漁港を身ひとつでさまよっている。
冨樫真尾沢美津子役
昼は大学で文学を教え、夜は円山町で身体を売る女性。いずみを自分の世界へ導く。
尾沢美津子の物語
美津子は、人気作家の妻いずみを弟子のように導き、愛のないセックスには金を介在させなさい、その額は男があなたにつけた値段なのだからと教える。家柄を誇り娘を蔑む母親にもいずみを引き合わせ、亡き父を男として愛していたと打ち明ける。ふたりのあいだでは、言葉なんかおぼえるんじゃなかったという詩の一節がくり返される。だが美津子は初めから、いずみの夫の由紀夫が、小説のためにあの廃屋で何度も自分を買う常連客だと知っていた。それを知ったいずみと、廃屋で取っ組み合いになる。死ぬ機会を待っていた美津子自身がいずみをけしかけ、カオルと居合わせた母親も娘の死を望んでいる。そうして美津子は、その場にいた者たちの手で殺される。
水野美紀吉田和子役
夫と子どもを持ちながら不倫を続ける刑事。円山町の殺人事件を追う。
吉田和子の物語
刑事の和子は、円山町の殺人事件の知らせを、愛人といるラブホテルで受ける。家に帰れば夫と子どもがいる。行方不明の女性を洗ううちに、いずみと美津子にたどり着き、ふたりの足取りをラブホテル街に追う。尾沢家を訪ねると、美津子の母は晴れ晴れとした顔で座っており、奥の部屋ではカオルが自ら命を絶っていた。いずみの夫の由紀夫を訪ね、体面を取り繕う彼を見つめる。最後に和子は、ごみ袋を両手に提げたままごみ収集車を追いかけて走り、気づけば円山町に戻っている。どこにいるのかと電話で愛人に聞かれ、わからないと答える。
津田寛治菊池由紀夫役
いずみの夫で、ベストセラー作家。几帳面な習慣を崩さず、妻を遠ざけている。
大方斐紗子尾沢志津役
美津子の母。由緒ある家の出で、娘を家名の汚点としか見ていない。
この作品が問いかけるもの
『恋の罪』は実際の事件から出発している。1997年、昼は東京電力で働き、夜は同じ渋谷の街で身体を売っていた女性が殺された事件だ。園子温監督はそれを、刑事、大学教員、作家の妻という三人の女性の二重生活へと広げ、値打ちをめぐる問いに変えた。結婚が女を家政婦としてしか扱わず、街が少なくとも値段をつけてくれるとき、女は何者になるのか。男が払う金は自分への評価だという美津子の教えは、この映画でもっとも不穏な考えであり、どこにも救いをもたらさない。カンヌ国際映画祭の監督週間で初上映された作品は、あえて過剰につくられている。女性蔑視だという批判を予想しつつ、男も女も誰ひとり救われない人間嫌いの映画だと読んだ批評家もいた。残るのは、見られたいといういずみの飢えと、まっとうな世界がそれにどれほど応えなかったかだ。