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Cinema 月明かりの映画館

赤い天使

Red Angel

1966映画日本

465作品の星図のなかで見る

ストーリー

結末まで書いています。

戦場の看護婦が死にゆく兵士と麻薬中毒の軍医に身体を差し出す。

昭和十四年、西さくらは従軍看護婦として天津の陸軍病院に着任する。数日後、消灯後の見回りの最中に、彼女は数人の患者に犯される。二か月後、前線の分院に移った西は、軍医岡部の下で働く。傷病兵はトラックで次々に運び込まれ、大手術が連日続き、手術台の脇の箱は切り落とされた手足であふれる。瀕死の兵の中に、かつて自分を犯したひとり、坂本一等兵がいた。助からないと見た岡部は輸血を拒むが、西は救ってほしいと頼み込む。岡部は、今夜自分の部屋に来ることを条件に手を尽くす。坂本は死ぬ。部屋を訪ねた西に岡部が求めたのは、フランスのワインを飲み、話をし、モルヒネを打ってもらうことだけだった。彼はそれで持ちこたえていた。

天津に戻った西は、岡部に命を救われ、そのために両腕を失った折原一等兵に会う。哀れに思った西は外出許可をもらい、ホテルの一室で彼に身を任せる。男としての力を取り戻させるのが自分の務めだと思ったからだ。翌日、折原はみずから命を絶つ。分院に戻った西は、岡部がモルヒネのために不能になっていることを知り、それを治そうとする。彼女はいつしか岡部を愛していた。

岡部は応急の救護班を率いて前線へ向かい、西も同行する。だが一行は目的地に着く前に、中国軍に包囲された集落で足止めされる。集落にはコレラが広がり、無線も通じない。最後になるかもしれない夜、ふたりは部屋に閉じこもり、禁断症状に暴れる岡部を、西は夜が白むまで押さえ続ける。正気に戻った岡部と、ふたりは激しく抱き合う。やがて総攻撃が始まり、部隊は全滅する。援軍が着いたとき、ただひとり生き残った西は、岡部のなきがらを抱いていた。

主な出演

  • 若尾文子西さくら役

    1939年に中国へ赴任した若い従軍看護婦。着任早々に患者たちに犯されながら、できるかぎりのやり方で兵士たちを看ていく。

    西さくらの物語

    天津の陸軍病院に着任した西は、数日後の夜の見回りで数人の患者に犯される。前線の分院で軍医岡部の下に就くと、瀕死の兵の中にそのひとり、坂本がいた。救ってほしいと頼む西に、岡部は今夜部屋に来ることを条件に手を尽くすが、坂本は死ぬ。部屋を訪ねた西に岡部が求めたのは、ワインと話し相手と、モルヒネの注射だけだった。両腕を失った折原一等兵には、男の力を取り戻させるのが務めだと思い、ホテルで身を任せる。翌日、折原は自ら命を絶つ。やがて西は岡部を愛し、モルヒネで不能になった彼を治そうとする。中国軍に囲まれた集落で、禁断症状に暴れる岡部を夜明けまで押さえ続け、ふたりは抱き合う。総攻撃ののち、ただひとり生き残った西は、岡部のなきがらを抱いていた。

  • 芦田伸介岡部軍医役

    前線で切断手術を続ける軍医。モルヒネで持ちこたえ、そのために性的な力を失っている。

    岡部軍医の物語

    岡部は前線の分院を率いる軍医だ。傷病兵はトラックで次々に運ばれ、彼は昼も夜も手足を切り落とし続けながら、冷静さを失わない。助からないと見た坂本への輸血を拒み、西に頼み込まれると、今夜部屋に来ることを条件に手を尽くす。だが部屋で彼が求めたのは、フランスのワインと話し相手と、モルヒネの注射だけだった。彼はそれで持ちこたえ、そのために不能になっていた。西は彼を愛し、治そうとする。前線へ向かう途中、コレラの広がる集落で中国軍に包囲される。最後になるかもしれない夜、西と部屋に閉じこもり、禁断症状に暴れる体を夜明けまで押さえてもらう。正気に戻ると、ふたりは激しく抱き合う。総攻撃で彼は死に、そのなきがらを西が抱いていた。

  • 川津祐介折原一等兵役

    命と引き換えに両腕を失った一等兵。哀れんだ西と、ホテルで一夜を過ごす。

  • 千波丈太郎坂本一等兵役

    西を犯した患者のひとり。瀕死の重傷を負い、彼女のいる分院に運び込まれる。

この作品が問いかけるもの

『赤い天使』は、手術台の側から見た戦争映画であり、何ひとつ手加減しない。次々に行われる切断手術、血が足りずに死んでいく兵士、着任早々に犯された看護婦が、やがてその男のひとりを看護しなければならない現実。増村保造はそれを、英雄譚を拒む即物的な白黒の画面で撮る。描かれるのは、軍の上下関係のなかでの同意、看る者が払う代償、そしてまわりの誰もが、ときには彼女自身さえもが、軍の備品のように使い尽くしていく女の体だ。海外での評価は高く、批評家ジョナサン・ローゼンバウムは、政治的正しさに縛られた人には勧めないと断りつつ、自分が観た増村作品で最も力強いと評した。映画が決着をつけないのは、身を差し出す西の行いが一種の自由なのか、それとも戦争が彼女から奪う最後のものなのか、という問いだ。