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Cinema 月明かりの映画館

さくらん

Sakuran

2007映画日本

465作品の星図のなかで見る

ストーリー

結末まで書いています。

吉原に売られた少女が自分の流儀で花魁の頂点へ。蜷川実花のポップな江戸。

8歳の少女が吉原の玉菊屋に売られてくる。きよ葉と名づけられた少女は、気の強い売れっ子花魁・粧ひのもとに預けられるが、この場所のすべてが気に入らない。逃げ出しては店の若い衆・清次に連れ戻され、折檻を受ける。吉原に一本だけある、咲かないと言われる桜の木の下で、桜が咲いたら俺がここから出してやる、と言う清次に、きよ葉は、いらねえ、自分で出る、と返す。お前に花魁は無理だと粧ひに言われ、なってやると啖呵を切る。やがて粧ひは身請けされ、きよ葉に簪を残して去っていく。

17歳になったきよ葉は、美貌と口の悪さと気性の強さで一躍売れっ子になる。幼くして売られた少女が、未成年のうちから遊女として働かされている。未成年への性的搾取である。優しげな客・惣次郎に恋をするが、嫉妬深い花魁・高尾の差し金で、大名の坂口に惣次郎といるところを見つかる。坂口に頬を打たれるきよ葉を置いて、惣次郎は黙って逃げ出す。雨の中、会いに行ったきよ葉に、惣次郎はただ笑ってみせた。弄ばれていたと悟ったきよ葉は川辺でひとり泣き、迎えに来た清次に、もう泣かないと誓う。一方、絵師の光信を愛しすぎた高尾は、剃刀を手に彼に襲いかかり、もみ合ううちに自らが命を落とす。きよ葉は玉菊屋の花魁となり、日暮と名を改める。

侍の倉之助が、妾ではなく妻として日暮を身請けしたいと申し出る。吉原に桜が咲いたら、と答えた日暮のために、彼は桜の木をいくつも運び込む。そのころ日暮は、誰の子かわからない子を身ごもっていた。身請けを断ってでも産むと言い張る日暮に、倉之助はそれでも迎えると告げるが、日暮は流産する。自らも遊女の子である清次が、彼女を看病する。清次には楼主の姪との縁談と、店を継ぐ話が決まり、祝言は日暮の身請けの日と重なる。その朝、ふたりはあの桜の木の下で落ち合う。枝には小さな花がふたつ開いていた。ふたりは吉原を抜け出す。楼主は怒り狂い、倉之助は静かにほほ笑む。満開の桜の野を、日暮と清次は笑いながら駆けていく。

主な出演

  • 土屋アンナきよ葉(日暮)役

    幼くして吉原に売られた少女。反抗を続けたまま店いちばんの花魁となり、外へ出る日を諦めない。

    きよ葉(日暮)の物語

    きよ葉は8歳で吉原の玉菊屋に売られ、最初の日からこの場所に逆らい続ける。逃げ出しては清次に連れ戻されて折檻を受け、咲かないと言われる桜の下で、ここからは自分で出ると言い切る。花魁は無理だと粧ひに言われ、なってやると啖呵を切る。17歳のきよ葉は、未成年のまま遊女として客を取らされている。少女への性的搾取である。惣次郎に恋をするが、大名に打たれる彼女を置いて逃げた彼は、雨の中で会いに行ってもただ笑うだけだった。きよ葉は、迎えに来た清次に、もう泣かないと誓う。日暮と名を改めて店の花魁となり、身ごもった子を流産して、清次に看病される。倉之助に身請けされる日の朝、あの桜に小さな花がふたつ開いており、彼女は清次とともに吉原を抜け出す。

  • 安藤政信清次役

    玉菊屋の若い衆。自らも遊女の子で、きよ葉がやって来た日から彼女を見守ってきた。

    清次の物語

    幼いきよ葉が逃げ出すたびに連れ戻すのは清次だ。咲かない桜の下では、あの桜が咲いたら俺が出してやると約束し、自分で出ると突っぱねられる。惣次郎に弄ばれて川辺で泣くきよ葉を迎えに行き、もう泣かないという誓いを聞く。身ごもった日暮に子を堕ろせと言うが、流産した彼女を看病し、泣き崩れる彼女を抱きしめて慰める。楼主は彼を姪と添わせて店を継がせるつもりで、祝言は日暮の身請けの日と重なる。前の晩、ふたりは互いに幸せになれと言葉を交わして別れる。夜明け、咲かないはずの桜に小さな花がふたつ開いているのを見て、清次は日暮と手を取り、吉原を抜け出す。

  • 椎名桔平松本倉之助役

    日暮を身請けし、妾ではなく妻に迎えたいと願う侍の客。

  • 成宮寛貴惣次郎役

    きよ葉が恋をする優しげな客。実は彼女を弄んでいただけだった。

  • 木村佳乃高尾役

    きよ葉を目の敵にする嫉妬深い花魁。絵師の光信への愛に身を焼かれていく。

  • 菅野美穂粧ひ役

    幼いきよ葉を預かる誇り高い花魁。厳しく当たりながら、身請けされて去るときに簪を残す。

この作品が問いかけるもの

『さくらん』は、売られてきた吉原に最後まで感謝しない少女の目で、遊郭を見つめる。花や金魚を鮮やかな色で撮ってきた写真家、蜷川実花の初の長編監督作で、脚本はタナダユキ、音楽は椎名林檎。画面を埋め尽くす色彩は、祭りの色であると同時に、檻の色でもある。映画は、遊郭が少女たちを売り買いし、折檻で縛り、ほかに上がる道のない女同士を競わせることで回っていることから目をそらさない。そこに加わるのが、壊されることも飼いならされることも拒むきよ葉と、恋の成就であると同時に脱出でもある結末だ。鉢から跳ね出た金魚が、ここでしか生きられないのだと鉢に戻される小さな場面が、残りを語っている。きよ葉は戻らない。