燃ゆる女の肖像
Portrait of a Lady on Fire
Moonlightの読みもの
Cinema『燃ゆる女の肖像』——見ることと、所有することの違いこの一篇を読むこの作品をめぐるほかの読みもの
Cinema『燃ゆる女の肖像』と、見つめることが所有にならない愛ストーリー
結末まで書いています。
18世紀ブルターニュの島で、画家と描かれることを拒む女。“女性の眼差し”を方法論にした。
18世紀末のフランス。画家のマリアンヌが教える絵画教室で、生徒のひとりが彼女の古い絵について尋ねる。マリアンヌはその絵を『燃ゆる女の肖像』と呼び、記憶をたどりはじめる。
数年前、彼女はブルターニュの外れの孤島に渡った。エロイーズという若い女性の肖像を描くためだ。エロイーズは、自ら命を絶った姉に代わってミラノの貴族に嫁ぐため、修道院から呼び戻されていた。結婚を望まない彼女は、前に来た画家には顔を描かせなかった。そこで母の伯爵夫人は、マリアンヌを散歩の付き添いとして引き合わせる。崖沿いを歩きながら、マリアンヌはエロイーズの顔を記憶に刻み、ひそかに描いていく。
肖像画が仕上がると、マリアンヌは欺き続けることに耐えられず、本当のことを打ち明ける。これは私ではない、とエロイーズは言う。マリアンヌが絵をつぶすと、母の驚きをよそに、エロイーズはモデルになることを承諾する。伯爵夫人は本土へ出かけ、マリアンヌに5日間を与える。マリアンヌは、花嫁衣装のエロイーズの幻を何度も見る。ふたりはオルフェウスとエウリュディケの物語を読み、エウリュディケが振り返ってと頼んだのかもしれない、とエロイーズは言う。島の女たちが歌う夜の集いで、マリアンヌを見つめるエロイーズのドレスの裾に、炎が燃え移る。翌日ふたりは口づけを交わし、恋人になる。ふたりは若い女中ソフィが堕胎するのを手伝う。伯爵夫人が戻る前、エロイーズは、自分の本の28ページにマリアンヌ自身の姿を描いてほしいと頼む。肖像画は受け入れられる。屋敷を去ろうとするマリアンヌは「振り返って」という声を聞き、振り向くと、花嫁衣装のエロイーズがいる。
マリアンヌがエロイーズを見たのは、そのあと二度だけだった。一度は展覧会の肖像画のなかで。子どもを傍らにしたエロイーズは、28ページに指をはさんだ本を手にしていた。もう一度はミラノの演奏会で。劇場の向こう側の席にいるエロイーズは、マリアンヌに気づかないまま、ヴィヴァルディの「夏」の急速楽章に心を揺さぶられている。かつてマリアンヌがチェンバロで弾いて聴かせた曲だった。
主な出演
ノエミ・メルランマリアンヌ役
結婚を拒む花嫁を、本人に知られずに描くよう雇われた画家。見つめる相手に恋をしてしまう。
マリアンヌの物語
マリアンヌは幾日もエロイーズと崖沿いを歩き、その顔を記憶に刻んで、ひそかに描く。仕上がると、欺き続けることに耐えられなくなる。これは私ではないと言われて絵をつぶし、今度はモデルとして座るエロイーズを描き直す。伯爵夫人の留守の5日間、花嫁衣装の彼女の幻を何度も見て、焚き火で彼女のドレスに炎が燃え移るのを見つめ、恋人になる。彼女の本の28ページに自分の姿を描き、ミラノへ嫁がせる肖像画を仕上げる。去る間際、振り返ってという声に振り向くと、花嫁衣装の彼女がいる。そのあと見たのは二度だけ。子どもを傍らに28ページに指をはさむ肖像画の姿と、かつて弾いて聴かせたヴィヴァルディに、劇場の向こうで心を揺さぶられる姿と。
アデル・エネルエロイーズ役
亡くなった姉の代わりに嫁ぐため修道院から呼び戻された令嬢。描かれることを拒んでいる。
エロイーズの物語
エロイーズは、母が雇った散歩の付き添いと崖沿いを歩く。望まない結婚相手に送る肖像画の画家だとは知らずに。打ち明けられると、その絵を、これは私ではないと退け、母の驚きをよそに自らモデルになる。伯爵夫人の留守のあいだ、ふたりはオルフェウスの物語を読み、振り返ってと頼んだのは妻のほうかもしれない、と彼女は言う。焚き火の向こうのマリアンヌを見つめるうちに、ドレスに炎が燃え移り、ふたりは恋人になる。本の28ページにマリアンヌの姿を描いてもらい、去っていく彼女に、振り返って、と呼びかける。数年後、肖像画の彼女は子どもを傍らに28ページに指をはさみ、ミラノの演奏会では、マリアンヌに気づかぬままヴィヴァルディに涙を流す。
ルアナ・バイラミソフィ役
屋敷の若い女中。伯爵夫人の留守のあいだ、ふたりと日々をともにし、助けを必要とする。
ヴァレリア・ゴリノ伯爵夫人役
エロイーズの母。娘の結婚をとりまとめ、花婿に送る肖像画を依頼する。
この作品が問いかけるもの
『燃ゆる女の肖像』は、画家とモデルという古い関係を、誰が誰を見ているのかという問いに変える。マリアンヌは、エロイーズの同意なしに彼女を観察するために雇われる。転機は、エロイーズが見返すことを求めたときに訪れ、肖像画はふたりの女性がともにつくるものになる。セリーヌ・シアマ監督は女性のまなざしを映画の中心に置いたと語り、作品は2019年のカンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルムを受けた。クィア・パルムを受けた初めての女性監督作品だった。恋の物語のまわりに、映画は当時の女性の生の狭さを描きこむ。肖像画で決められる結婚、自ら命を絶った姉、女たちのあいだで行われる堕胎。続けることのできない恋のあとに、何が残るのか。ここでは、記憶と、ひとつのページ番号と、一曲の音楽だ。