甘い鞭
Sweet Whip
ストーリー
結末まで書いています。
昼は不妊治療医、夜はSM嬢。少女期の監禁の記憶を抱えて。石井隆晩年の代表作。
水泳部に通う17歳の岬奈緒子は、夏の夕立に雨宿りをしていたところを、裏の家に住む藤田赳夫に地下室へ引きずり込まれる。藤田は1か月のあいだ彼女をそこに閉じ込め、殴り、強姦しながら、泣いて謝り、一方的な愛を告げる。両親を亡くしてから孤独だったのだという。警察は事件性がないとしてろくに動かない。やがて奈緒子は自力で逃げ帰る。藤田を殺していた。母は娘を化け物でも見るような目で見つめ、父はどう接していいかわからないまま、のちに単身赴任先で病死する。奈緒子は妊娠していた。中絶を担当した女性医師は、大丈夫よとくり返して彼女を抱きしめ、奈緒子は自分も医者になろうと決める。
15年後、奈緒子は患者に慕われる不妊治療の専門医になっている。ホスピスで末期がんを患う母は、今も彼女を呼びつけては、あんたは私を憎んでいると愚痴をこぼす。そして2年前から、奈緒子は夜ごと、責めを受ける女セリカとして会員制のクラブで働いている。地下室で知った甘い味を探しているのに、それはどこにも見つからない。上客の醍醐は、セリカとオーナーの景子の役割を入れ替えさせ、責められて叫ぶ景子を前に、奈緒子のなかに17歳の自分がよみがえる。
新しい客の神山は、本物のサディストだった。お前を殺すと告げ、クラブの決まりを無視して、本当に殺しにかかる。そのとき記憶がすべて戻ってくる。藤田を殺したあの日、彼が一緒に踊りたがっていたワルツを流してやったことまで。奈緒子は神山を殺し、あの甘い味を取り戻す。駆けつけた景子と用心棒の鳴海に母と父の姿を見た彼女は、怒らないでと許しを請いながら、ふたりを殺す。最後に彼女は、目の前に立つ17歳の自分に向かっていく。そのとき背後から白い手が伸びてきて、そっと彼女を止める。
主な出演
壇蜜岬奈緒子(32歳)役
昼は不妊治療の医師、夜は会員制のクラブで責めを受けるセリカとして働く。17歳の出来事に今も縛られている。
岬奈緒子(32歳)の物語
17歳の奈緒子は、裏の家の藤田に地下室へ1か月閉じ込められ、殴られ、強姦される。藤田は泣いて愛を告げる。彼を殺して帰り着いた娘を、母は化け物を見るような目で見る。中絶を担当した女性医師だけが彼女を抱きしめ、奈緒子は医者になろうと決める。15年後、死の床の母は今も、あんたは私を憎んでいると愚痴をこぼし、奈緒子は夜のクラブで、地下室で知った甘い味を探している。客の神山に本気で殺されかけたとき、記憶が戻る。藤田を殺したあと、彼が踊りたがっていたワルツを流してやったことまで。奈緒子は神山を殺し、甘い味を取り戻す。オーナーと用心棒に母と父の姿を見て、ふたりも殺す。最後に17歳の自分に向かっていくと、背後から白い手が伸びて彼女を止める。
間宮夕貴岬奈緒子(17歳)役
17歳の奈緒子。水泳部の高校生で、隣家の男に拉致され、地下室に1か月監禁される。
中野剛藤田赳夫役
奈緒子の家の裏に住む孤独な男。17歳の奈緒子を拉致し、監禁する。
中島ひろ子岬加代子役
奈緒子の母。娘の身に起きたことを受け止められず、娘を遠ざけてしまう。
屋敷紘子木下景子役
奈緒子が所属するクラブのオーナー。自らも責める側として客をとる。
竹中直人醍醐役
クラブの上客。セリカとオーナーに、責める側と責められる側の交代を持ちかける。
この作品が問いかけるもの
『甘い鞭』は、生き延びた人の体が何を覚えているかを描き、心地よい答えを拒む。少女のころ拉致され強姦された奈緒子を、いちばん身近な人たちは汚れたもののように扱い、彼女を抱きしめたのは病院で初めて会った医師だけだった。大石圭のホラー小説を映画にした石井隆監督は、責めを売るクラブへ向かう彼女を、癒やしとしても再発としてもではなく、探求として追う。そして、そのどちらよりも暗い答えを示す。彼女が探していたのは、服従ではなかったのだ。作品は意図して過激であり、心の傷を照らしているのか、それを糧にしているのかを問わずに観るのは難しい。残るのは、生き延びた人が丁寧に問われることの少ない問いだ。信じられず、抱きしめられず、知ってしまったことと共にひとり取り残された人は、どうなるのか。