雨の中の慾情
Lust in the Rain
ストーリー
結末まで書いています。
売れない漫画家が、離婚したばかりの女に惹かれる。彼女は自称小説家の恋人。欲望はやがて、つげ義春の夢の論理に呑まれていく。
映画は義男の夢から始まる。雷雨の田舎のバス停で、男は女をだまし、ぬかるんだ田んぼで彼女を犯す。
義男は、豊かな南町と検問で隔てられた貧しい北町に住む、売れない漫画家だ。大家の尾弥次に言われ、自称小説家の伊守とともに、離婚したばかりの女性・福子の引っ越しを手伝う。義男は福子に惹かれるが、彼女は伊守の恋人だった。伊守は南町のタウン誌をまねた北町の雑誌を企画し、義男に広告集めを手伝わせる。仲間の詐欺が発覚すると、追われた伊守と福子は義男の狭い部屋に転がり込み、義男は隣から聞こえるふたりの声に眠れない夜を過ごす。やがて伊守は福子を置いて南へ去る。南町一の富豪の家に婿入りしていたのだ。尾弥次の用事で南へ向かう義男は福子を連れて行き、彼女は妻の家族と暮らす伊守の姿を目にする。帰りの車で尾弥次が福子に触れようとすると、義男は怒鳴りつける。福子は義男に口づけし、ふたりは結ばれる。
その瞬間、義男は戦時下の中国の野戦病院で目を覚ます。左腕と右脚を失い、下半身の感覚もない。伊守は同じ部隊の兵士で、尾弥次は軍医だった。記憶が少しずつ戻る。部隊による中国の民間人の虐殺。そして自分を撃った少女。この世界での福子は、日本軍の兵士を相手にする遊廓で働いていた、義男の愛した女性だった。義男は彼女の死を告げられ、形見の万年筆を渡される。
義男はふたたび福子の夢へ沈んでいくが、夢はうまく終わらない。ある夢では福子が車にはねられ、田んぼで彼女を見つけた義男は、また彼女を失う。映画は、病院さえも夢であり、撃たれた兵士が戦場で死の間際に見た最後の夢だったことをほのめかす。最後に映るのは、義男のいない場所にいる福子の姿だ。彼女の人生だけが、彼なしで続いていったかのように。
主な出演
成田凌義男役
貧しい町の売れない漫画家で、福子への欲情にとらわれている。戦争の現実では、中国で重傷を負った日本兵。
義男の物語
義男の物語は、彼自身の夢から始まる。雷雨のバス停で、彼は女をだまして犯す。北町では誰にも買われない漫画を描き、引っ越しを手伝った日に福子に惹かれるが、彼女は伊守の恋人だった。ふたりが転がり込んだ狭い部屋で眠れない夜を過ごす。福子を南へ連れて行き、帰りの車で彼女に触れようとする尾弥次を怒鳴りつけると、福子に口づけされ、ふたりは結ばれる。そのとき彼は、戦時下の中国の野戦病院で目を覚ます。左腕と右脚を失い、部隊による民間人の虐殺と、自分を撃った少女の記憶が戻ってくる。福子の死を告げられ、形見の万年筆を渡される。ふたたび沈んでいく福子の夢は、どれもうまく終わらない。映画は、彼が倒れた場所で死にゆく兵士であることをほのめかす。
中村映里子福子役
離婚したばかりの女性で、伊守の恋人から義男の恋人になる。戦争の現実では、義男が愛した遊廓の女性。
福子の物語
義男の夢のなかの北町で、福子は結婚生活を終えたばかりで、すでに伊守の恋人だ。伊守の企てが破綻すると、彼とともに義男の狭い部屋に転がり込む。やがて伊守は南へ去り、南町一の富豪の家に婿入りしていたこと、自分は遊び相手にすぎなかったことを彼女は知る。妻の家族と暮らす伊守を目にして、怒りと嫉妬に取り乱す。帰りの車で尾弥次の手を拒み、それを怒鳴りつけた義男に口づけする。夢の底には戦争がある。そこでの福子は、日本兵を相手にする遊廓で働き、義男が愛した女性だった。義男が目を覚ましたとき、彼女はすでに亡く、形見の万年筆だけが彼に届く。その後の夢でも、義男は彼女を失う。最後の場面の福子は義男のいない場所にいて、彼女の人生だけが続いていく。
森田剛伊守役
怪しい企てを重ねる自称小説家で、福子を捨てて南の富豪の家へ去る。戦争の現実では、義男と同じ部隊の兵士。
竹中直人尾弥次役
義男の住むアパートの大家で、裏で怪しい商売をしている。戦争の現実では、野戦病院の軍医。
この作品が問いかけるもの
『雨の中の慾情』は、ひと部屋に転がり込んだ三人の色っぽい喜劇として始まり、戦争の映画へと姿を変える。問われるのは、ほかのすべてを奪われたとき、欲望は何のためにあるのか、ということだ。戦争に壊された体のなかで、福子を想う夢だけが義男のそばにいる。映画は少しずつ、その戦争が何だったのかを見せていく。中国の民間人の虐殺。兵士を相手にする遊廓で、彼の愛した女性が働き、死んでいったこと。夢は無垢には描かれない。最初の場面は、だまされて服を脱がされ、犯される女性の姿であり、夢はたびたび暴力へと傾く。片山慎三監督は、つげ義春の四つの短編をもとにこの映画をつくった。愛の夢は、目をそらす手段にならずに、逃げ場でありうるのか。居心地の悪い、しかし人間的な問いが残る。