偶然と想像
Wheel of Fortune and Fantasy
Moonlightの読みもの
Cinema『偶然と想像』と、言わなかった欲望がつくる別の人生この一篇を読むストーリー
結末まで書いています。
会話の3つの短編。言葉そのものが官能になる。
偶然から動き出す、三つの物語。
「魔法(よりもっと不確か)」。モデルの芽衣子は、タクシーの中で親友のつぐみの話を聞く。出会ったばかりの男性と十五時間も話し続け、魔法のようだったという。その男性は昔の恋人を忘れられずにいるらしい。芽衣子は、それが自分の元恋人の和明だと気づく。彼の仕事場へ押しかけ、つぐみから聞いたことを残らずぶつけ、よりを戻せるかのようにほのめかす。言い争いの末に和明は芽衣子を抱きしめ、芽衣子は逃げ出す。三日後、カフェでつぐみが和明を芽衣子に紹介する。芽衣子は、すべてを打ち明けて和明に選ばせる場面を思い描く。だが実際には、先に帰ると言って、ふたりを残して店を出る。
「扉は開けたままで」。フランス語の単位を落とされた大学生の佐々木は、教授の瀬川に土下座しても聞き入れられず、テレビ局の内定を失う。瀬川が芥川賞を受賞すると、佐々木は割り切った関係にある既婚の母親、奈緒に、瀬川へのハニートラップを持ちかける。研究室を訪ねた奈緒に、瀬川は扉を開けたままにするよう求める。奈緒は受賞作の性的な一節を朗読し、それをひそかに録音する。瀬川は誘いに乗らず、ふたりは率直に語り合い、瀬川はその朗読の録音を譲ってほしいと言う。奈緒は、瀬川が一度だけそれを聴いて自分を慰めることを条件に承諾し、瀬川は約束する。帰宅した奈緒はアドレスを打ち間違え、録音は別の相手に届き、騒ぎは瀬川の職と奈緒の結婚を終わらせる。五年後、奈緒はバスで佐々木に再会する。編集者になった彼は悪びれる様子もない。バスを降りる間際、奈緒は彼に口づけする。
「もう一度」。コンピューターウイルスによって人々がネットから離れた近未来。夏子は二十年ぶりに東京から故郷へ戻り、女子高の同窓会に出る。会いたかったのは、かつて愛した同級生だった。帰り道のエスカレーターで、その人だと思える女性とすれ違い、家に招かれる。だが話すうちに、互いに人違いだとわかる。あやは、夏子の愛した人を演じようと申し出る。夏子はようやく、言えなかった言葉を口にする。今度は夏子が、あやの憧れていた同級生を演じ、あやは満ち足りて見える結婚生活の奥の迷いを打ち明ける。駅で別れたあと、あやは駆け戻り、夏子を抱きしめる。
主な出演
古川琴音芽衣子役
モデル。親友が夢中になっている相手が、自分の元恋人だと気づく。
芽衣子の物語
撮影帰りのタクシーで、芽衣子はつぐみから、十五時間も話し続けた男性の話を聞き、祝福する。つぐみを降ろすと、運転手に来た道を戻らせる。夜のオフィスで元恋人の和明に会い、つぐみから聞いたことを残らず話し、自分を魔法よりもっと不確かなものだと言って、よりを戻せるかのようにほのめかす。言い争いの末に抱きしめられ、逃げ出す。三日後、カフェでつぐみが待っていた相手が現れる。和明だった。芽衣子は、すべてをぶちまけて彼に選ばせる場面を思い描く。だが実際には先に店を出て、ガラス越しに手を振るつぐみに別れを告げ、ひとり歩き出す。途中で足を止め、工事現場と行き交う電車の眺めを写真に撮る。
玄理つぐみ役
芽衣子の親友。出会ったばかりの男性に夢中で、彼と芽衣子の過去を知らない。
森郁月奈緒役
既婚の母親。受賞作家の教授にハニートラップを仕掛けるが、思いがけず率直に語り合うことになる。
奈緒の物語
奈緒は子を持つ既婚者で、大学に通い、年の離れた同級生の佐々木と割り切った関係を続けている。教授の瀬川が芥川賞を受けると、佐々木にそそのかされて罠を仕掛ける。扉を開けたままの研究室で、受賞作の性的な一節を朗読してひそかに録音するが、瀬川は乗ってこない。代わりにふたりは率直に語り合う。瀬川は彼女の声に心を動かされたと言い、奈緒は、自分には価値がないと感じること、嫌われるのが怖いことを打ち明ける。録音を送ると約束するが、アドレスを打ち間違え、録音は別の相手に届く。騒ぎは瀬川の職と奈緒の結婚を終わらせる。五年後、離婚してコピーライターとして働く彼女は、バスで佐々木と再会し、降りる間際に口づけをして、外から手を振る。
渋川清彦瀬川役
厳格なフランス語教授で、芥川賞を受賞したばかりの作家。醜聞を避けるため、研究室の扉を開けておく。
占部房子夏子役
二十年前に愛した同級生に会いたくて、同窓会のために故郷へ戻る女性。
夏子の物語
夏子は二十年ぶりに東京から仙台へ戻り、女子高の同窓会に出るが、会いたかった人には会えない。帰り道、駅のエスカレーターでその人だと思える女性とすれ違い、家に招かれる。お茶を飲みながら話すうち、互いに人違いだとわかる。あやは、夏子の探していた人を演じようと申し出る。夏子は、言えずにきたことを口にする。大学を出たら東京で一緒に暮らそうと約束していたこと。恋人ができたと彼女から電話があったとき、あなたなしでは生きていけないと言えなかったこと。駅へ向かう道で、今度は夏子が、あやの憧れていた同級生を演じ、あやは満ち足りて見える家庭生活の奥の迷いを打ち明ける。ふたりは別れるが、友人の名前を思い出したあやが駆け戻り、夏子を抱きしめる。
河井青葉あや役
夏子に昔の恋人と人違いされる既婚の女性。その人の役を演じることを引き受ける。
この作品が問いかけるもの
『偶然と想像』は、欲望のどれほどが言葉のなかに生きているかを描く。三つの物語に、体の交わりはほとんど映らない。物語を動かすのは言葉だ。タクシーで聞かされる打ち明け話。扉を開けたままの研究室で朗読される一節。何かをようやく言えるよう、別の誰かを演じてくれる見知らぬ人。偶然が物語を始め、想像する力、演じてみようとする意志が、人に本当のことを言わせる。物語を動かし、その代償を負うのは女性たちだ。自分の声の録音で、男の職と自分の結婚を終わらせてしまう女性。二十年間、言えない思いを抱えてきた女性。濱口竜介監督が『ドライブ・マイ・カー』と並行して撮り、2021年のベルリン国際映画祭で銀熊賞を受けた。残るのは、優しく、少し落ち着かない問いだ。人を自由にするのは、見知らぬ誰かと演じるひとつの役であることが、どれほど多いのか。