EN
メニュー

Cinema 月明かりの映画館

正欲

(Ab)normal Desire

2023映画日本

465作品の星図のなかで見る

ストーリー

結末まで書いています。

水に欲情する人々の密かな連帯。“多様性”の限界を問う朝井リョウ原作。

桐生夏月は、生まれ育った地方都市のショッピングモールで働き、夜ごと部屋で流れる水の動画を再生する。彼女を性的に昂らせるのは、それだけだ。誰にも話したことはない。横浜では、検事の寺井啓喜が、学校へ行かなくなり動画配信を始めたいと言う息子をめぐって、妻の由美と衝突している。啓喜は、人には普通の生き方があると信じて疑わない。近くの大学では、男性を怖れる神戸八重子が多様性を掲げる学園祭の準備を進め、ダンスサークルの諸橋大也だけは、触れられても平気な男性だと気づく。

同級生の結婚式で、夏月は佐々木佳道が地元に戻っていると知る。中学のころ、ふたりは工事中の古い蛇口から噴き出す水しぶきの中でずぶ濡れになり、言葉もなく互いを理解した。その佳道が普通に暮らし、女性と会っている姿を見て、夏月は激しく憤る。大晦日の夜、夏月は自ら命を絶とうとして家を出るが、その夜同じく死ぬつもりだった佳道と出会い、思いとどまる。この世界で生きていくために手を組みませんか、と佳道は言い、ふたりは恋愛のない結婚をする。横浜へ移ったふたりは、初めて安心できる場所を得る。

啓喜の息子の配信は、視聴者の求めに応じて風船割りや水遊びを撮っていたことから、わいせつな動画の疑いで停止される。由美は家を出る。佳道はネットで、蛇口を出しっぱなしにして逮捕された男の名を名乗る常連を見つける。大也だった。三人目の男、矢田部を加えて、彼らは公園で水遊びをする自分たちを撮影し、そこに子どもたちも加わる。矢田部は子どもを狙う加害者だった。少年を性的に搾取した罪で彼が逮捕されると、押収された映像から佳道と大也も逮捕される。

事件を担当した啓喜は、水が好きなだけだというふたりの言葉を信じない。佳道の妻として面会に来た夏月を見て、啓喜は、かつて商店街で手を貸した女性だと気づく。夫婦は水に特別な感情をお持ちですか、と問う啓喜に、夏月は、必死に生きてきたものを、あり得ないと片づけられたことはありますか、と問い返す。あなたが信じなくても、ここにこういう人間はいる。伝言はできないと言われても、夏月は頼む。私はいなくならないから、と伝えてください。その言葉が、啓喜の中に残る。

主な出演

  • 稲垣吾郎寺井啓喜役

    横浜地方検察庁の検事。理解できないものを異常とみなし、息子のことで妻と対立している。

    寺井啓喜の物語

    啓喜は、人生には正しい形があると信じている。水を出しっぱなしにして逮捕された男は水に欲情していたのでは、と部下が言えば、そんな人間がいるはずがないと切り捨てる。学校へ行かない息子が妻の後押しで動画配信を始めても黙認するだけだが、配信がわいせつの疑いで止められると由美を責め、理解できない者を社会のバグと呼ぶ。由美は息子を連れて家を出る。やがて彼は、子どもを狙った男とともに逮捕された二人の事件を担当し、水が好きなだけだという言葉を信じない。そのひとりの妻として現れた夏月は、かつて商店街で手を貸した女性だった。必死に生きてきたものを、あり得ないと片づけられたことはありますか、と問われ、彼女が去ったあと、啓喜は考え込む。

  • 新垣結衣桐生夏月役

    地元のショッピングモールで働く女性。人ではなく水に欲情することを、ずっと隠して生きてきた。

    桐生夏月の物語

    夏月は実家で暮らしながら、ひとつの秘密を誰にも明かさずにきた。その秘密を分かち合う唯一の相手、佳道が町に戻ったと聞いて会いたいと思うが、女性と会う彼の姿を見て、彼の家の窓に石を投げつけて逃げる。大晦日の夜、自ら命を絶とうとした彼女は、同じつもりでいた佳道と偶然出会う。話すうちに、ふたりは死ぬのをやめる。私たちは地球に留学しているみたい、と夏月は言う。数か月後、恋愛のない結婚の申し出を受け、横浜で暮らし始める。服を着たまま人の真似をして体を重ねてみても、わかったのは抱き合う心地よさだけだった。佳道が逮捕されると、検事の前で、あなたが信じなくてもこういう人間はいると言い、私はいなくならないから、と伝えてほしいと頼む。

  • 磯村勇斗佐々木佳道役

    夏月の中学の同級生。同じ秘密を抱え、ともに生き延びるための結婚を申し出る。

    佐々木佳道の物語

    佳道は、両親が事故で亡くなったのを機に地元へ戻ってくる。自分がこういう人間だと知られる前に死んでくれてほっとした、とのちに打ち明ける。大晦日の夜、死ぬつもりで出た先で夏月と出会い、数か月後、指輪を渡して、この世界で生きていくために手を組みませんかと申し出る。自分たちのように一人で苦しんでいなければいい、と願ってネットの常連に連絡をとると、それは大也だった。もうひとりの男を加えて公園で水遊びを撮影し、子どもたちも加わる。その男は子どもを狙う加害者で、佳道も逮捕される。今まで同じ気持ちを誰とも分かち合えなかった、それは罪なのか、と彼は検事に問う。私はいなくならないから、という夏月の伝言は、勾留中の彼に宛てたものだ。

  • 佐藤寛太諸橋大也役

    ダンスサークルに所属する大学生。同じ欲望を抱え、ネットで仲間を探している。

    諸橋大也の物語

    大也は人を遠ざけ、怒りをぶつけるように踊る。ネットでは、かつて蛇口の水を出しっぱなしにして逮捕された男の名を名乗り、水の動画にコメントを残して、仲間が現れるのを待っている。バイト先に押しかけた八重子を追い返すが、翌春、押しつけられたゼミ合宿の補佐から逃げようとすると、彼女は男性が怖いこと、彼なら触れられても平気なこと、彼を理解したいことを打ち明ける。はじめは身構えた大也も、やっと仲間とつながれそうだと答える。合宿をすっぽかして、佳道ともうひとりの男と公園で水遊びを撮影する。その男が子どもを狙った罪で逮捕されると、大也も逮捕される。水が好きなだけだと訴えても、検事は信じない。

  • 東野絢香神戸八重子役

    多様性を掲げる学園祭を企画する大学生。男性を怖れているが、大也だけは触れられても平気だと感じる。

この作品が問いかけるもの

『正欲』は、「多様性」という言葉に厳しい問いを向ける。その一覧に居場所のない欲望を抱く人は、どうなるのか。夏月と佳道が惹かれるのは人ではなく水であり、映画はそれを笑いの種にも症状にもせず、抱えて生きていくひとつのあり方として描く。そのまわりに、理解できないものを異常と呼ぶ検事と、彼らの存在を思い描くこともなく多様性を祝う学園祭が置かれている。境界線がいつもたやすく見えるとは、映画は言わない。公園で水遊びを撮った男のひとりは子どもを狙う加害者で、ほかのふたりも彼とともに逮捕される。はっきりと映し出されるのは、孤立の代償だ。それぞれ死ぬつもりだったふたりが、互いにいなくならないという約束だけで結ばれた結婚によって、生き延びている。2023年の東京国際映画祭で、コンペティション部門に選ばれた。