実践 · 第五の棚
軟酥の法 ― 白隠の、溶けてゆく瞑想
江戸時代中期の禅僧・白隠慧鶴は、若いころ、修行に打ち込みすぎて心身を壊しました。のちに『夜船閑話』(1757年)に書き残した回復の方法のひとつが、この「軟酥の法」です。軟酥とは、やわらかく香りのよい、バターのような乳製品のこと。道具は何もいりません。座るか、横になるだけです。
要点
- 白隠が『夜船閑話』に記した、頭の上から溶けてゆくイメージの瞑想。
- 寝る前や疲れ切ったときに、十分ほどで試せる。
- 伝統として紹介するもので、治療の代わりではない。
この手引きは、公開されている研究や資料にもとづく一般的な情報であり、医療上の助言ではありません。医師による監修はまだ受けていません。ご自身のからだ、健康、薬、妊娠や避妊については、医師や薬剤師に相談してください。
白隠と『夜船閑話』
白隠慧鶴(1686〜1769)は、臨済宗を立て直した禅僧です。若いころの激しい修行で、頭がのぼせ、足が冷え、眠れず、心が落ち着かない「禅病」にかかったと、自ら書いています。その記述によれば、京都の北、白川の山中に住む白幽という仙人を訪ね、「内観の法」と「軟酥の法」を教わって回復しました。その話を記したのが『夜船閑話』(1757年刊)です。白幽の話がどこまで事実かは分かりません。ここでは、その本が語るとおりに紹介します。
やりかた
- 目を閉じ、呼吸をゆっくり整えます。
- 頭のてっぺんに、鴨の卵ほどの大きさの、やわらかく香りのよい軟酥がのっていると想像します。
- 体温でそれが溶けはじめ、頭をひたし、額、目、頬、首へと、ゆっくり流れ落ちていきます。
- 肩、腕、胸、背骨、お腹の内側へ。触れたところのこわばりが、ひとつずつ溶けていきます。
- 腰、骨盤の底、太もも、膝、そして足の裏まで。
- 最後に、溶けた軟酥が温かな湯のように下半身にたまり、へそのあたりまで浸かっているのを感じます。しばらく、そのままに。
白隠はこれを、心身をととのえる養生の法として勧めました。今日の言葉でいえば、からだの部位に順に注意を向けながらゆるめていく、ボディスキャンやリラクゼーション法に近いものです。眠る前に。あるいは、ふたりで触れ合う前に。
内観の法
白隠は、軟酥の法とならべて「内観の法」を説きました。仰向けに寝て脚をそろえて伸ばし、気と注意を下腹と足の裏に集め、「この下腹こそが自分の本来の住まいである」と心の中でくり返すというものです。「丹田呼吸」の手引きと組み合わせると続けやすくなります。
いつ、どれくらい
寝る前に横になって10〜15分。疲れ切った日の昼に、座って5分でも。毎日短く続けるほうが、ときどき長く行うよりも身につきます。からだに意識を向けるイメージの練習は、くつろぎの感覚を高めることが研究で示されていますが、軟酥の法そのものの研究はまだほとんどありません。
気をつけること
からだに注意を向けると、つらい記憶や感覚がよみがえることがあります。そのときは目を開けて、周りのものの名前を三つ言い、ふつうの呼吸に戻ってください。軟酥の法は養生の伝統であって、治療の代わりではありません。
出典と、この手引きの性格
- 伝統 ある流れの中で伝えられ、その文献に記録されてきたもの。その伝統が語るとおりに紹介しています。
- 体験 合う人と合わない人がいるもの。約束ではなく、試してみる提案として。
- 白隠慧鶴『夜船閑話』1757年。English: Hakuin, Idle Talk on a Night Boat.
- Waddell, N. (trans.) (2009). Wild Ivy: The Spiritual Autobiography of Zen Master Hakuin. Shambhala.
- Toussaint, L., Nguyen, Q. A., Roettger, C. et al. (2021). Effectiveness of progressive muscle relaxation, deep breathing, and guided imagery in promoting psychological and physiological states of relaxation. Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine, 2021, 5924040.
この手引きは、私たちが参照できた情報にもとづく一般的な内容です。医療上の助言ではなく、医師の監修を受けていません。ご自身のからだ、健康、薬については、医師に相談してください。
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