エリサ&マルセラ
Elisa & Marcela
ストーリー
結末まで書いています。
1901年、女性が男装して成立させたスペイン初の同性婚。モノクロで。
1925年、アルゼンチンの草原。ひとりの若い女性が人里離れた家を訪ねてくる。食事のあと、マルセラは彼女に、1898年のラ・コルーニャから始まる物語を語りはじめる。
修道院の学校で、マルセラは二つ年上の生徒エリサと出会い、友情はやがて恋に変わる。ふたりを疑った父は、教師になる勉強のため娘をマドリードへ送るが、ふたりは手紙を交わし続ける。3年後、どちらもガリシアの村の教師となり、一緒に暮らしはじめる。村人たちは気づく。木こりのアンドレスはマルセラにつきまとい、親たちは子どもを授業に来させなくなり、エリサは森で待ち伏せされ、石を投げつけられる。
ふたりは計画を立てる。エリサはしばらく村を離れ、最近溺れ死んだいとこのマリオになりすまし、男の姿で戻ってくる。そのあいだにマルセラはアンドレスと関係を持ち、身ごもる。1901年6月、ラ・コルーニャの聖ホルヘ教会の司祭が、マルセラと「マリオ」を結婚させる。花婿を確かめに両親がやって来て、村人たちは家を取り囲み、医師の診察によってエリサの正体が明らかになる。警察に追われたふたりは、ポルトガルのポルトへ逃れる。
ポルトでマルセラは台所で、エリサはマリオのまま縫製の作業場で働き、アルゼンチンへの船賃をためるが、やがて警察に逮捕される。スペインに引き渡されれば、10年から20年の刑が待っている。獄中でほかの女性たちに支えられながら、マルセラは娘アナを産む。ポルトの知事は引き渡しを拒み、ふたりを釈放させる。刑務所長と、刑務所の看護師である妻フロールには子どもがいない。ふたりの母のもとで育つ娘が受けるであろう仕打ちを恐れたマルセラは、アナを夫妻に託し、エリサとともにアルゼンチンへ渡る。
1925年、訪ねてきたのはアナだった。それだけの価値はあったのか、と彼女はマルセラに問う。マルセラは答えない。エリサが馬に乗って家に帰ってくる。少女のころ、ふたりで夢見たように。最後に字幕が、スペインでは2005年に同性婚が認められたこと、エリサとマルセラの結婚が一度も取り消されなかったことを伝える。
主な出演
ナタリア・デ・モリーナエリサ役
ガリシアの村の教師。愛する女性と結婚するため、男の姿で戻ってきて祭壇に立つ。
エリサの物語
ラ・コルーニャの修道院の学校で、エリサは二つ年下のマルセラと出会い、浜辺の一日を人生でいちばん幸せな日と呼ぶ。マルセラがマドリードへ送られても手紙を書き続け、3年後、ともにガリシアの村の教師となって一緒に暮らす。村人の目は厳しく、森で待ち伏せされ、石を投げつけられる。村を離れた彼女は、溺れ死んだいとこマリオになりすまし、男の姿で戻る。1901年6月、司祭がふたりを結婚させる。医師の診察で正体が暴かれ、ポルトへ逃れてマリオのまま縫製の作業場で働くが、逮捕される。釈放されると、マルセラとアルゼンチンへ渡る。1925年、彼女は馬に乗ってふたりの家へ帰ってくる。少女のころ、海辺でそうしようと夢見たように。
グレタ・フェルナンデスマルセラ役
エリサの二つ年下の学友で、のちの妻。数十年後、アルゼンチンでふたりの物語を語る。
マルセラの物語
エリサとの仲を怪しんだ父に、マルセラは教師の勉強のためマドリードへ送られるが、ふたりは手紙を交わし続け、3年後、ガリシアの村の教師として一緒に暮らしはじめる。木こりのアンドレスにつきまとわれ、エリサが村を離れているあいだに彼と関係を持ち、身ごもる。1901年6月、「マリオ」と結婚するが、花婿を確かめに来た両親の前で家を村人たちに囲まれ、エリサとともにポルトへ逃れて台所で働く。逮捕され、獄中で娘アナを産む。釈放されたあと、ふたりの母のもとで育つ娘が受ける仕打ちを恐れ、アナを刑務所長と妻フロールに託して、アルゼンチンへ渡る。1925年、訪ねてきたアナに、それだけの価値はあったのかと問われ、彼女は答えない。
サラ・カサスノバスアナ役
1925年、物語を聞くためマルセラの家を訪ねてくる若い女性。やがて、彼女の娘だとわかる。
タマル・ノバスアンドレス役
村の木こり。マルセラにつきまとい、彼女は彼の子を身ごもる。
この作品が問いかけるもの
『エリサ&マルセラ』は、スペインで記録に残る最初の同性婚という実話を描く。1901年、それが可能になったのは、花嫁のひとりが男として祭壇に立ったからにほかならない。その結婚は一度も取り消されなかった。スペインで同性婚が合法になったのは2005年のことで、映画は最後に、今も多くの国で同性間の関係が犯罪とされ、死刑を科す国さえあることを伝える。イサベル・コイシェ監督はこれをモノクロで撮り、2019年のベルリン国際映画祭のコンペティションに出品されたが、批評家の多くは納得せず、禁じられた恋を香水の広告のようだと評した者もいた。残るのは、その選択の代償だ。ともに生きるために、ふたりは嘘をつき、逃げ、投獄され、娘を手放さなければならない。映画はその娘に、それだけの価値はあったのかと問わせ、答えを沈黙にゆだねる。