LOVE【3D】
Love (Gaspar Noé)
ストーリー
結末まで書いています。
3Dの本番セックスによる喪失の回想録。推薦ではなく校正のために収録。
パリで映画を学ぶアメリカ人のマーフィーは、雨の元日の朝、小さなアパートで目を覚ます。一緒に暮らすのは、デンマーク出身の若い女性オミと、ふたりのあいだの幼い息子ガスパール。留守番電話には、元恋人エレクトラの母ノラからの伝言が残っていた。三か月も娘から連絡がなく、心配でたまらないという。エレクトラはうつを抱え、以前にも自ら命を絶とうとしたことがあるのだ。その日一日、マーフィーは順序もばらばらに過去を思い返していく。
美術を学ぶエレクトラと出会い、ふたりはすぐに恋に落ちた。それからの二年間、ふたりは麻薬と性愛とやさしさのなかで暮らした。独占欲の強いマーフィーに、ある警官は、エレクトラを乱交クラブへ連れていけと勧めた。やがて隣の部屋に、デンマークから来たオミが越してくる。まだ未成年の少女だった。ふたりの大人は、自分たちの恋に刺激を加えようと、彼女を性的な関係に引き込む。物語はそれを冒険のように描くが、それは未成年への性的虐待である。その後もマーフィーは、エレクトラに隠れてオミとの関係を続けた。避妊具が破れ、オミは妊娠する。自分も望まれずに生まれた子だった彼女は、中絶を拒む。マーフィーが打ち明けると、エレクトラは彼のもとを去った。
映画は、マーフィーの苦い独白とともに、記憶とその日の時間を行き来する。選んだつもりのない暮らしへの苛立ち、息子への愛、エレクトラへの思慕。彼女がどうなったのかは誰にもわからず、生きているのかどうかも最後まで明かされない。終盤、マーフィーはひとり湯船で泣きながら、かつてのようにエレクトラを抱きしめている夢を見る。やがて幼いガスパールがそばに来ると、マーフィーは泣きながら、そっと息子を抱きしめる。
主な出演
カール・グルスマンマーフィー役
パリで映画を学ぶアメリカ人。映画作りを夢見ながら、失った恋人を思い出すことをやめられない。
マーフィーの物語
元日の朝、マーフィーは幼い息子の母親オミの隣で目を覚まし、問いかけに苛立ち、息子を連れて出かける彼女にほっとする。エレクトラの母ノラからの伝言で、彼はふたりの二年間をたどりはじめる。麻薬、互いを守り合うという誓い、そして彼女のかつての恋人ノエへの嫉妬が行き着いた警察沙汰。エレクトラとともに、まだ未成年だった隣人のオミを性的な関係に引き込み、その後もエレクトラに隠れて関係を続ける。映画は冒険のように描くが、それは未成年への性的虐待である。オミは妊娠し、エレクトラは彼のもとを去る。ノラに電話をかけても、つながらない。湯船でひとり、エレクトラを抱きしめる夢を見ながら泣いていると、幼い息子がそばに来る。彼はその子を抱きしめる。
アオミ・ムヨックエレクトラ役
美術を学ぶ学生で、マーフィーが最も愛した女性。物語が始まる時点で、三か月前から行方がわからない。
エレクトラの物語
エレクトラはパリで絵を学び、作品を売ることを夢見ている。マーフィーと出会い、人生は愛だと語る。それからの二年間、ふたりは麻薬と性愛と、互いを守り合う誓いのなかで暮らす。かつての恋人である画廊主ノエへのマーフィーの嫉妬は、警察沙汰と最初の別れに行き着く。よりを戻したふたりは、まだ未成年だった隣人のオミを性的な関係に引き込む。映画は冒険のように描くが、それは未成年への性的虐待である。オミがマーフィーの子を宿したと知ると、彼女は彼と別れ、さらに麻薬に沈んでいく。映画が始まる元日、母はもう三か月も娘と連絡が取れず、かつて自ら命を絶とうとしたことのある娘の身を案じている。彼女がどこにいるのか、生きているのかも、映画は明かさない。
クララ・クリスティンオミ役
デンマーク出身の少女。ふたりに引き込まれたときはまだ未成年で、いまはマーフィーの息子の母親。
オミの物語
デンマーク出身のオミは、まだ未成年の少女としてマーフィーとエレクトラの隣の部屋に越してくる。ふたりは彼女を性的な関係に引き込み、その後もマーフィーはエレクトラに隠れて関係を続ける。映画は冒険のように描くが、それは未成年への性的虐待である。妊娠したオミは、自分も望まれずに生まれた子だったからと中絶を拒み、子どもを産む。映画が始まる元日の朝、彼女は小さなアパートでマーフィーと幼い息子ガスパールと暮らしているが、マーフィーは彼女を疎ましく思っている。問いかければ苛立たれ、息子を連れて出かけると、彼はほっとした顔を見せる。帰ってきた彼女は、湯船で泣いている彼を見て、ひとりにしておく。父のもとへ行き、寄り添うのは、幼いガスパールだ。
この作品が問いかけるもの
この映画は、ギャスパー・ノエが恋愛を何も隠さずに撮ろうとした試みだ。2015年のカンヌ国際映画祭で立体映像により深夜上映され、演技ではない性行為の場面で知られる。だが作品が差し出す問題は露骨さより重い。これはひとりの男の記憶であり、彼の声で語られる。女性たちは多くの場合、彼が欲したとおりの姿でしか現れない。物語の転回点は、ふたりの大人が十代の少女を性行為に引き込むことで、映画はそれを冒険として語る。いちばん受けとめがたいのはそこだ。挑発の下には確かな主題もある。嫉妬、独占へと固まっていく欲望、そして誰かを失うことと、その人に傷つけられることの区別がつかない悲しみ。ロシアでは上映許可が下りず、日本では2016年に成人指定で公開された。残るのは、愛の記憶は誰のものか、そこから何がこぼれ落ちるのか、という問いだ。