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Cinema 月明かりの映画館

ソドムの市

Salò, or the 120 Days of Sodom

1975映画イタリア、フランス

465作品の星図のなかで見る

ストーリー

結末まで書いています。

ファシストと少年少女と別荘。この索引が認める外縁として、境界として保持。

1944年、北イタリア。連合国に降伏したあと、残ったファシストたちはドイツの支配の下でサロ共和国を築いていた。その権力者である公爵、大司教、最高判事、大統領の4人は、互いの娘を妻とし合って盟約を結ぶ。兵士や10代の協力者たちの手で、少年9人と少女9人が集められ、マルツァボット近くの屋敷へ連れ去られる。途中で逃げようとした少年は殺される。

映画はダンテの『神曲』にならい、いくつかの地獄の章に分かれている。屋敷の男たちには、娼婦である中年の女たちが付き従う。3人が日替わりで自らの性の遍歴を語り、もう1人がピアノを弾く。男たちはその話を、囚われた少年少女の身の上で再現する。少年少女は全編を通じて性的虐待を受け続ける。「変態地獄」では、彼らは裸のまま置かれ、辱められ、犬のようにふるまうことを強いられ、強姦される。「糞尿地獄」では、語り部の女が自分の母親を殺した話をし、男たちは模擬結婚式の宴で、捕らわれた者たちに排泄物を食べさせる。死を賞品とする品評会を開き、その約束すら反故にする。

「血の地獄」では、女装した4人が兵士たちと結婚式を挙げる。部屋を調べられた少年少女は、助かるために互いを密告しはじめる。女中と関係を持ったと密告された若い衛兵は、共産主義者だと名乗り、その場で殺される。男たちは死ぬ者を選んで青いリボンで印をつける。ほかの者を密告した少女と、公爵のお気に入りの少年だけが見逃される。屋敷の中庭で、選ばれた者たちは拷問のうえ殺され、4人は代わる代わる、上の窓から双眼鏡でそれを眺める。ピアニストの女は、もう耐えられずに自ら命を絶つ。屋敷の一室では、若い衛兵ふたりがワルツを踊っている。故郷の恋人の名前を尋ねられた一方が答える。マルゲリータ。

主な出演

この作品が問いかけるもの

『ソドムの市』は、映画が見せようとしてきたものの果てに立つ作品だ。パゾリーニはマルキ・ド・サドの『ソドム百二十日あるいは淫蕩学校』の舞台を1944年のファシスト政権下に移し、10代の少年少女18人への虐待を、絶対的な権力の姿として描いた。人は所有物に、欲望は規則に、体は消費されるものに変えられる。彼自身、この映画の性は権力とそれに従う者の関係の隠喩だと語り、消費社会への批判として読む批評家もいる。パゾリーニは1975年11月、パリでの初上映の三週間前に殺害された。作品はイタリアで公開の三週間後に上映禁止となり、18歳未満と思われる者たちへの強姦、拷問、殺害の描写のために、ほかの国々でも禁止された。快楽も解放もない。残るのは、窓辺で双眼鏡をのぞく男たちと、それを観る者すべてへの問いだ。