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Cinema 月明かりの映画館

オールナイトフジ

All Night Fuji

1983–1991トーク・バラエティ日本

465作品の星図のなかで見る

ストーリー

結末まで書いています。

女子大生を深夜生放送に。“女子大生ブーム”を作った番組。

『オールナイトフジ』は、1983年4月2日から1991年3月30日まで、フジテレビで土曜の深夜に原則生放送された番組で、全400回。題名は、同じグループのニッポン放送の深夜ラジオ『オールナイトニッポン』を意識したものだ。初代の司会は秋本奈緒美と鳥越マリ。デビューしたばかりのとんねるずにとっては、これがフジテレビで初めてのレギュラー番組だった。片岡鶴太郎も出演し、鳥越との掛け合いが評判を呼んだ。そのまわりに、本物の女子大生たちが「オールナイターズ」として並んだ。生放送に出る素人たちである。

番組は「女子大生ブーム」の火付け役になった。オールナイターズの中からは人気者も生まれた。3人は「おかわりシスターズ」を結成してレコードを出した。低予算の深夜番組がレコードで利益を出すための企画で、こうした番組発のユニットの元祖となった。その一人、山崎美貴はのちに司会にも就いた。一方で、大学生らしからぬ無教養ぶりや、きわどい下ネタに調子を合わせる女子大生の言動には批判もあった。

放送開始から1年半ほどは、アダルトビデオの紹介や性風俗店の探訪といったコーナーもあった。1984年秋に他局がより過激な生番組を一斉に始めると扱いをやわらげ、1985年、深夜番組の内容が衆議院で取り上げられて中曽根内閣が郵政省を通じて自粛を求めると、性風俗の話題を入れない純粋なバラエティとして出直した。司会は何度も替わり、松本伊代や高樹沙耶も務めた。プロデューサーは「目的を果たした」として、400回で番組を終えた。フジテレビはのちに、『キャンパスナイトフジ』や『オールナイトフジコ』としてこの形を復活させている。

主な出演

  • 秋本奈緒美司会

    俳優で歌手。1983年4月の初回から1984年9月まで司会を務めた。

  • 鳥越マリ司会

    タレント。放送開始から司会を務め、片岡鶴太郎との絶妙なコンビで注目を集めた。

  • とんねるずレギュラー

    石橋貴明と木梨憲武のお笑いコンビ。デビュー直後で、これがフジテレビ初のレギュラー番組だった。

  • 片岡鶴太郎レギュラー

    お笑いタレント。鳥越マリとの掛け合いが番組の名物になった。

  • 山崎美貴オールナイターズ、のち司会

    東海大学に在学中のオールナイターズ。おかわりシスターズを組み、1985年10月から1986年3月まで司会も務めた。

  • 松本伊代司会

    アイドル歌手。1984年10月から1986年3月まで司会を務めた。

この作品が問いかけるもの

『オールナイトフジ』は、日本のテレビが「女子大生」を、見られる対象としてのひとつのカテゴリーとして発見した場所だ。本物の学生を真夜中の生放送に出し、ぎこちなく台本のないままにさせ、その何人かをスターにした。そうして、メディアがその後長く売り続ける型をつくる手助けをした。普通の若い女性という娯楽である。番組はまた、それが当時の深夜のお色気番組といかに近いところにあったか、そして政治がテレビの踏み込める範囲をいかに素早く変えうるかも示している。1985年、放送行政を担う省を通じて伝えられた政府の要請だけで、深夜から性風俗の話題は消えた。残ったのは、若さと素人らしさと楽しさのバラエティ。そして、誰が笑い、誰が笑われていたのかという、答えの出ない問いだった。