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Cinema 月明かりの映画館

トゥナイト2

Tonight 2

1994–2002トーク・バラエティ日本

465作品の星図のなかで見る

ストーリー

結末まで書いています。

深夜の“大人の情報番組”最後の大物。風俗、AV、平成の夜の経済。

『トゥナイト2』は、1994年4月4日から2002年3月29日まで、週4日、真夜中をまたいで放送されたテレビ朝日の深夜情報番組だ。1980年から続いた『トゥナイト』を引き継ぎ、司会には雑誌『平凡パンチ』の元編集者、石川次郎が就いた。隣にはアシスタントの女性が座り、3年半はテレビ朝日アナウンサーの下平さやかが務めた。曜日ごとに担当のリポーターがいた。月曜は乱一世。火曜は北野誠で、シリーズ「大人電話相談室」を受け持った。水曜は後期、ライターの勝谷誠彦。木曜は「カントク」こと映画監督の山本晋也で、1980年の『トゥナイト』開始から歌舞伎町や性風俗の現場をリポートし続け、シリーズ「ある愛のかたち」で知られた。その脇を、大勢の若い女性リポーターが固めた。

番組の名を高めたのは、他局が手を引きつつあったお色気の企画だった。1980年代半ば、中曽根康弘首相がお色気番組の自粛を求めて以来、深夜番組には「脱・お色気」の流れが強まっていた。そのなかで『トゥナイト2』のリポーターたちは風俗の取材を続け、同時に阪神・淡路大震災の被災地リポートのような硬派な取材もこなした。保守的な保護者団体や婦人団体、フェミニストからは苦情が寄せられた。1997年には、乱がコマーシャルを軽んじる発言でスポンサーの抗議を受け、一時降板した。番組は少しずつ性表現を抑えて話題の幅を広げ、末期には女性の胸を映すこともなくなった。視聴率は最後まで安定していたが、テレビ朝日は深夜帯をお笑いの枠に切り替えた。2002年3月、『トゥナイト』時代を含めて通算4101回で番組は終わり、同局で31年続いた深夜のワイドショーもこれで姿を消した。

主な出演

  • 石川次郎司会

    雑誌『平凡パンチ』の元編集者。番組の初回から最終回まで総合司会を務めた。

  • 山本晋也リポーター(木曜)

    「カントク」と呼ばれた映画監督。前番組から通算約21年、性風俗や歌舞伎町をリポートした。

  • 乱一世リポーター(月曜)

    前番組から続く月曜のリポーター。1997年、コマーシャルをめぐる発言で一時降板した。

  • 北野誠リポーター(火曜)

    タレント。火曜を担当し、シリーズ「大人電話相談室」を受け持った。

  • 下平さやかアシスタント

    テレビ朝日のアナウンサー。1995年10月から1999年3月まで、司会の隣でアシスタントを務めた。

この作品が問いかけるもの

『トゥナイト2』は、20世紀の終わりに日本のテレビが性をどう扱い、それがどう変わっていったかの記録だ。政治的な圧力で深夜番組の多くがすでにお色気から離れていたころ、民放の大手局が8年にわたり、週4日、歌舞伎町や性風俗の現場にリポーターを送り込んだ。番組は、ひとつの世代が夜の経済について知る窓になった。多くは中年男性の目を通してであり、若い女性リポーターは案内役であると同時に見世物でもあった。親たちや婦人団体、フェミニストから寄せられた苦情も、番組が少しずつ覆い隠していった過程も、同じ歴史に属している。終わり方もそうだ。不祥事ではなく、編成の都合で幕を閉じた。テレビが見ようとしない暮らしへの窓を開いたのか、それとも深夜の娯楽に変えただけなのか。番組が残した問いはそこにある。