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Cinema 月明かりの映画館

大阪恋泥棒

The Great Happiness Space: Tale of an Osaka Love Thief

2006ドキュメンタリーイギリス

465作品の星図のなかで見る

ストーリー

結末まで書いています。

大阪のホストクラブの内側。愛を売る男たちと、買う女たち(多くは風俗嬢)。

ジェイク・クレネルが製作、監督、撮影を一人で担ったドキュメンタリーで、2006年1月にスラムダンス映画祭のコンペティションで上映された。日本では『大阪恋泥棒』の名でも紹介されたが、劇場公開はされていない。カメラはほぼずっと、大阪のホストクラブ「カフェ・ラッキョ」とその周辺にとどまる。着飾った若い男たちが、お金をもらって女性客の相手をする。話し、口説き、耳を傾け、そして何より、1本数百ドルのシャンパンを注文させる。

中心にいるのは、店のオーナーでトップホストのイッセイ、22歳。20人ほどの若いホストを育て、月に約5万ドルを稼ぐ。「女の子にとって、僕らは商品」「僕らは夢を売っている」と彼は言う。映画は、路上で客引きをするホストたち、面接を受ける新人、店のナンバーワンを争う毎月の競争を追う。1年以上続くホストは100人に1人だとイッセイは語る。常連客たちはカメラの前で彼への愛を口にする。彼のためなら死ねると言う女性がいる。もっとお金を使えば彼を振り向かせられると話す女性もいて、映画はそこに、冷ややかなイッセイの言葉を挟む。客とはなるべく寝ないようにしている、寝るとそのあと離れていくことが多いからだ、とイッセイは言う。ホストが自分の欲求を持ってしまえば、この仕事は務まらないとも。「ある程度までなら、お金で愛は買える」。

映画は少しずつ明かしていく。客の女性の多くは、自身も性を売る仕事をしていることを。体を売って得たお金を、愛するふりをしてくれる男たちに使っているのだ。罪悪感を口にするホストもいる。イッセイは、ずっと演じ続けてきたせいで、どれが本当の自分なのかわからなくなることがあると打ち明ける。夜明け、ホストたちはふらつきながら店から朝の光の中へ出ていき、イッセイは、自分はいつか結婚するのだろうかと考えながら家へ帰っていく。

主な出演

  • イッセイ本人

    カフェ・ラッキョのオーナーでトップホストの22歳。店のホストたちを育て、自分たちは夢を売っていると語る。

  • サオリ本人

    店の常連客。作中の誰よりも強く、イッセイへの愛と献身を口にする。

この作品が問いかけるもの

ホストクラブはふつう、日本の珍しい風俗として片づけられる。この映画はそうではなく、カフェ・ラッキョを、値段のつけにくいものが売り買いされる市場として見つめる。注目されること、ほめられること、選ばれたと感じること。要は、役割が逆転していることだ。ここでは女性がお金を払い、男性が演じる。そして男たちは自分の仕事を、ふつうはホステスや性を売る女性について使われる言葉で語る。商品、夢、入れ込みすぎないための自制。やがて映画は、買う側の女性の多くもまた親密さを売っていることを示し、輪は閉じる。監督はこの店を、誰もがルールを知っている劇場だと語っている。ルールを知っていれば孤独は小さくなるのか。「ある程度までなら」買える愛は、それでも愛なのか。映画はその問いを開いたままにする。