実録阿部定
A Woman Called Sada Abe
ストーリー
結末まで書いています。
大島渚版の1年前に、ロマンポルノの内側から描いた阿部定。
黒い画面に、女の声がかつて名乗った名前を並べていく。昭和11年、阿部定は、女中として働いていた中野の料理屋「吉田屋」の主人・石田吉蔵と、尾久の待合「満左喜」にこもって情事にふけっている。このまま続けたら死んでしまう、と吉蔵は言う。ふたりは芸者の前でも女中の前でもかまわず体を重ね、定は自分の体を傷つけ、ふたりは互いの首を絞め合う。吉蔵がひげを剃りに出かけただけで、定は妻と浮気してきたとなじる。
金が尽きると、定は名古屋時代の恩師で愛人の大宮先生を訪ね、春を売って金を得る。ラジオが二・二六事件を伝え、兵隊が行進していく。人だかりに背を向けて、ふたりは部屋へ戻る。首を絞め合ったあと、吉蔵の首には赤い跡が残り、呼ばれた医者は流動食を命じる。吉蔵はしばらく家に戻って養生すると言う。嫉妬に駆られ、彼を手放すことに耐えられない定は、吉蔵の首を絞めて殺す。
なきがらのそばで、定の過去がよみがえる。強姦されたのをきっかけに裕福な家を追われ、娼妓や女給として各地を転々とし、吉田屋にたどり着いたのだった。定は吉蔵の性器を切り取って満左喜を後にし、ふたたび大宮先生に身を預ける。逃亡を続けるうち、事件は世間を騒がせていく。素性を知らない按摩を相手に、定は、阿部定はよほど吉蔵を愛していたのだろう、ふたりのことを日本じゅうに知ってほしかったのだから、と語る。やがて通報を受けた警察が隠れ家に踏み込み、映画は定の逮捕で終わる。
主な出演
宮下順子阿部定役
奉公先の主人と待合にこもる31歳の女。彼を手放すくらいならと、その命を奪う。
阿部定の物語
定はいくつもの名で呼ばれてきた。いまは、女中として働いていた料理屋の主人・吉蔵と尾久の待合「満左喜」にこもり、誰の前でもかまわず昼夜彼を求める。吉蔵がひげを剃りに出かけただけで、妻と会ってきたのだろうとなじる。金が尽きると、名古屋時代の恩師で愛人の大宮先生に春を売る。首を絞め合う遊びのあと、吉蔵は体を悪くして家で養生すると言い出し、定はその薬をぶちまける。絞めるなら途中で手を離すな、と言って眠った吉蔵の首を、定は絞めて殺す。なきがらのそばで、強姦、家からの勘当、身を売って渡り歩いた年月がよみがえる。性器を切り取って宿を出た定は、素性を知らない按摩に、阿部定はよほど吉蔵を愛していたのだろうと語り、やがて警察に踏み込まれる。
江角英明石田吉蔵役
中野の料理屋「吉田屋」の41歳の主人。定との遊びに身をゆだね、このままでは死ぬと予感している。
石田吉蔵の物語
吉蔵は、かつて自分の店で女中をしていた定と、尾久の待合にこもっている。このまま続けたら死んでしまう、と言いながら、やめようとはしない。芸者や女中の前でも体を重ね、首を絞め合う。ひげを剃りに出かけただけで、妻と会ってきたのだろうと定になじられる。二・二六事件を伝えるラジオに人だかりができても、ふたりは背を向けて部屋に戻る。首を絞め合ったあと喉が赤く腫れ、彼はしばらく家に戻って養生すると決めるが、定はその薬をぶちまけてしまう。眠りにつく前、彼は定に言う。絞めるなら途中で手を離すな、あとがつらいから。定はその首を絞め、彼の命を奪う。
坂本長利大宮先生役
名古屋時代の定の恩師で愛人。定は金のために彼に身を売り、事件のあとも彼のもとを訪ねる。
五條博按摩役
世間を騒がせる事件の話を、相手が当の定だとは知らずに交わす按摩。
この作品が問いかけるもの
『実録阿部定』は、大島渚より一年早く、しかも国際合作ではなく日活ロマンポルノの枠の中で、昭和11年の事件を描いた。題名が「実録」をうたうとおり、田中登は吉田屋、尾久の満左喜、金を頼った恩師といった実在の名と場所に寄り添い、それを行進する兵隊や、クーデターを伝えるラジオと並べてみせる。国が軍備へ傾いていくなかで、顔を上げようとしないふたり。田中はまた、定に過去を与える。強姦、彼女を追い出した家、身を売って渡り歩いた年月。男から男へと渡されてきた女が、ただひとり自分のものにしたいと願った男に何をしうるのか。そして、ひとつの犯罪が、なぜ国じゅうが聞きたがる物語になったのか。映画はその問いを観る者の前に置く。キネマ旬報ベスト・テンでは、1975年の日本映画の第10位に選ばれた。