愛に乱暴
Rude to Love
ストーリー
結末まで書いています。
夫の不倫を察した子のない妻が、静かに家を壊しはじめる。
結婚して8年になる初瀬桃子は、夫・真守の実家の敷地に建つ「はなれ」で暮らしている。母屋には、夫に先立たれた義母の照子が住む。桃子の暮らしは丁寧だ。手の込んだ料理をつくり、週に二度、手づくり石けんの教室で教え、上質なカップを買い、夫が取り合わないリフォームの計画を練る。毎朝、近所のごみ集積所の乱れも片づける。真守は妻にほとんど目を向けない。近所では不審火が続き、かわいがっていた野良猫のピーちゃんが姿を消す。夜になると、床下から鈴の音が聞こえる気がする。
桃子は夜ごと、既婚の男と付き合い、その子を望む若い女性の投稿を読んでいる。ある日、真守は桃子をホテルのラウンジへ連れて行き、不倫相手の三宅奈央に引き合わせる。奈央は妊娠していて、真守は離婚を望む。知っていた、もう会わないで、とまくし立てていた桃子は、ふたりの前で取り乱す。真守は奈央の部屋で暮らし始め、石けん教室も閉鎖が決まる。
桃子はチェーンソーを買い、はなれの床を切り開く。物音に気づいた照子が来ると、桃子は床下に身を隠し、戻ってきた真守と照子の会話を聞く。隠してきた過去があらわになる。桃子もかつては真守の不倫相手で、彼女の妊娠をきっかけに真守は前妻と別れた。桃子は結婚の前に流産し、それを誰にも言わなかった。照子はずっと、桃子が嘘をついたと思ってきた。夜ごと読んでいた投稿は、8年前の桃子自身のものだった。
床下の土を掘ると、ベビー服の入った缶が出てくる。泥だらけの桃子は、私は嘘つきじゃない、と言う。お前おかしいぞと言う真守に、おかしいふりをしているだけ、そうしないと本当におかしくなる、と返す。真守は、お前といても何も楽しくないと告げる。桃子は雑誌もカップもスマホもごみ袋に詰めて集積所へ向かうが、そこは燃えていた。警官に声をかけられ、裸足のまま逃げ込んだホームセンターで、店で働く中国人留学生の李が自分のサンダルを差し出し、いつもごみ置き場をきれいにしてくれてありがとう、と言う。照子は家を出ると告げ、ここは好きに使っていいと言う。最後の場面で、桃子は縁側でアイスキャンディーを食べながら、真守と暮らしたはなれが取り壊されていくのを眺めている。
主な出演
江口のりこ初瀬桃子役
夫の実家のはなれで暮らす主婦。結婚生活が空洞になっていくなか、丁寧な暮らしを懸命に保とうとする。
初瀬桃子の物語
桃子は日々を丁寧に埋めていく。石けん教室、夫が取り合わないリフォームの計画、毎朝片づけるごみ集積所。夜には、既婚の男の子を望む若い女性の投稿を読み返す。8年前の彼女自身の投稿だ。真守が妊娠した不倫相手を引き合わせて離婚を求めると、取り乱し、チェーンソーではなれの床を切り開く。床下に隠れて、真守と照子の話を聞く。かつて不倫相手だった桃子の妊娠で真守は前妻と別れたが、義母はその妊娠を嘘だと信じてきた。本当は結婚前に流産し、誰にも言わなかったのだ。土の中からベビー服の缶を掘り出し、私は嘘つきじゃない、と言う。ホームセンターで李に礼を言われて泣き崩れ、最後は縁側でアイスキャンディーを食べながら、はなれが壊されていくのを眺めている。
小泉孝太郎初瀬真守役
桃子の夫。家では妻に無関心で、年下の不倫相手を妊娠させ、離婚を切り出す。
初瀬真守の物語
真守は帰宅するとすぐ風呂へ向かい、妻の話には短い言葉で応じるだけだ。リフォームはあとで見る、カップはよかったね、不審火は怖いね。ホテルのラウンジで、奈央が自分の子を身ごもっていること、離婚したいことを桃子に告げ、家に帰らなくなる。尾行する桃子の前で、彼は幼い子を連れた親子を穏やかな顔で見つめ、ただいまと言って奈央の部屋に入っていく。はなれに立ち寄った彼は、奈央が妊娠5か月だと母に話す。8年前、不倫相手として彼の子を身ごもったのは桃子で、彼はそのために前妻と別れたのだった。泥だらけの桃子に、お前おかしいぞ、お前といても何もかもが楽しくない、と言い放ち、あらためて離婚を切り出して、母とともに帰っていく。
馬場ふみか三宅奈央役
真守の不倫相手で、教師。彼の子を身ごもり、ひとりでも産み育てるつもりでいる。
風吹ジュン初瀬照子役
母屋に住む真守の母。夫を亡くしている。桃子には礼儀正しく接するが、かつて嘘をつかれたと思い続けている。
水間ロン李役
近所のホームセンターで働く中国人留学生。桃子のしてきたことに感謝を口にする、ただひとりの人。
この作品が問いかけるもの
『愛に乱暴』が見つめるのは、結婚が終わるとき、女性の手に何が残るのかということだ。夫の家族のものである家。家賃をまかなうには足りない特技。やり直せると口では言える年齢。桃子の丁寧な暮らしは、ここにいてよいという証しを求める営みでもあり、映画は、それが誰の目にもほとんど映っていないことを描く。彼女に感謝を口にするのは、ホームセンターで働く見知らぬ青年だけだ。映画は桃子を、ただの裏切られた妻にはしない。彼女もかつて、真守を別の女性から奪った。読み続けていた投稿が自分のものだったとわかるとき、物語は、男が次へ移っていくあいだに同じ傷が女性から女性へ受け渡されていく話になる。はなれを壊すことが終わりなのか、結婚して初めての自由な一歩なのか。その問いは開かれたまま残る。