うきわ ―友達以上、不倫未満―
Ukiwa: More Than Friends, Less Than an Affair
ストーリー
結末まで書いています。
社宅の隣同士に暮らす既婚者二人が、一線を越えないまま近づく。“未満”のドラマ。
広島で生まれ、人生のほとんどをそこで過ごしてきた中山麻衣子は、自分を「可もなく不可もない」女だと思っている。夫・拓也の本社への転勤に合わせて仕事を辞め、東京郊外の社宅に越してくる。拓也の帰りは毎晩遅く、やがて麻衣子は、夫が職場の後輩で、大学時代にはラグビー部のマネージャーだった福田歩と不倫していることに気づく。隣に住むのは夫の上司・二葉一。穏やかで物静かな彼の妻・聖もまた、陶芸教室の若い講師と関係を持っている。ベランダの仕切り越しに、朝のゴミ捨て場で、ふたりは言葉を交わすようになる。どちらも裏切られた者同士、互いを水に浮かべてくれる浮き輪になっていく。
一度だけ一緒に出かけた日、麻衣子は思わず二葉の手を握る。二葉は、あれはなかったことにしましょう、僕はただの相談相手ですと告げる。ある夜、麻衣子は思いのたけを伝えようとベランダの仕切りを越え、結局は引き返す。会社の納涼祭では、福田が夫の相手だと知り、彼女と向き合う。聖の不倫も拓也の不倫も終わり、これで元通りだと言う二葉に耐えられず、麻衣子は夜更けに家を飛び出す。河川敷で彼女を見つけた二葉は、拓也に居場所を知らせる。二葉のそばにいたくて、麻衣子は離婚を思いとどまる。その矢先、二葉の福岡転勤が決まる。
最後に一度だけ、二葉は麻衣子をカラオケボックスに誘う。下の名前を教え合い、学生時代の部活の話をしたあと、二葉は言う。自分で膨らませられない浮き輪は、いつか人を溺れさせてしまう。自分も、頼られることに救われていた。浮き輪を今までありがとう。ふたりは幸せに生きていくと約束し、タクシーで少しだけ遠回りをして帰る。引っ越しの前、二葉は聖に、ほかに愛しいと思った人がいたと打ち明け、ふたりは謝り合って、そろって福岡へ発つ。笑顔で挨拶に来た二葉夫妻を、麻衣子はベランダから見送る。麻衣子は拓也の浮気を問いただし、ふたりは離婚する。パート先のクリーニング店に挨拶をし、新しい部屋を見つけ、指輪を外して髪を切る。
主な出演
門脇麦中山麻衣子役
夫の転勤で広島から東京の社宅に越してきた女性。夫の浮気に気づいてしまう。
中山麻衣子の物語
社宅で帰りの遅い夫を待つ麻衣子は、やがてその理由を知る。支えになったのは、隣に住む夫の上司・二葉だった。同じく配偶者に裏切られた者同士、ベランダの仕切り越しに、朝のゴミ捨て場で言葉を交わす。一度だけ出かけた日に手を握り、なかったことにしましょうと言われる。納涼祭では夫の相手と向き合う。ふたつの不倫が終わり、元通りだと言う二葉に耐えられず夜の街に飛び出すと、彼は夫を呼ぶ。最後のカラオケで下の名前を教え合い、幸せに生きると約束する。二葉夫妻を見送ったあと、ずっと知っていたと夫に告げ、愛していたけれど大切ではなかったと言う。ふたりは離婚し、麻衣子は指輪を外して髪を切る。
森山直太朗二葉一役
麻衣子の隣人で、夫の上司。穏やかな人柄で、妻に浮気されている。
二葉一の物語
妻の聖が陶芸教室の若い講師と関係を持つなか、二葉はベランダの仕切り越しに、隣の麻衣子の話し相手になっていく。一度だけ出かけた日に手を握られると、なかったことにしましょう、自分はただの相談相手ですと告げる。ふたつの不倫が終わると、これで元通りだと言い、夜の河川敷で見つけた麻衣子のことは、夫に迎えに来させる。福岡への転勤が決まり、最後にカラオケボックスへ誘う。自分で膨らませられない浮き輪はいつか人を溺れさせる、自分も頼られることに救われていた、浮き輪を今までありがとう、と伝える。引っ越しの前、聖に、ほかに愛しいと思った人がいたと打ち明け、聖も同じだったと謝る。ふたりは笑顔で挨拶をして、そろって福岡へ発つ。
大東駿介中山拓也役
麻衣子の夫。転勤先で職場の後輩と不倫関係になる。
西田尚美二葉聖役
二葉の妻。陶芸教室の若い講師と不倫している。
蓮佛美沙子福田歩役
拓也の職場の後輩。大学時代はラグビー部のマネージャーで、いまは拓也の不倫相手。
田中樹田宮悠役
聖が通う陶芸教室の講師。聖の不倫相手。
この作品が問いかけるもの
『うきわ ―友達以上、不倫未満―』は、不倫ドラマのなかでもいちばん繊細な題材に挑む。どちらも配偶者に裏切られているふたりが惹かれ合い、それでも不倫をしない物語だ。副題のとおり、作品は友達以上と不倫未満のあいだにとどまり続ける。仕切り一枚で隔てられた、ふたつのベランダの上で。一方が家に帰らなくなった結婚の孤独、そして慰めが依存に変わっていくさまを、ドラマはごまかさない。中心にあるのは浮き輪のイメージで、その結論は感傷に流れない。誰かに浮かせてもらうことは人を救いはしても、生き方にはならない。ふたりはそれぞれ、自分で泳ぐことを覚えなければならない。残るのは、貞節についての難しい問いだ。一度も触れ合わない愛も、裏切りなのだろうか。