EN
メニュー

Cinema 月明かりの映画館

アンチポルノ

Antiporno

2016映画日本

465作品の星図のなかで見る

ストーリー

結末まで書いています。

黄色い部屋で作家が助手を辱める。やがてセットが崩れる。ポルノの中の女性についての園子温のエッセイ。

京子は、時代の寵児としてもてはやされる若い小説家で、芸術家でもある。原色に塗られた部屋に暮らし、自分を「気の触れた女」と呼び、亡くなった妹・妙子の幻と語り合う。マネージャーの典子は、京子の予定を分刻みで管理し、どんな命令にも従う。雑誌の取材を前に、京子は典子を何度も辱める。女性ばかりの取材班がやって来ると、京子は典子を裸にし、ほかの女たちに彼女を犯せと命じる。

そこで監督の「カット」の声がかかり、男ばかりの撮影隊がなだれ込む。すべては映画の撮影だった。カメラの外の典子は、経験の浅い新人の京子を見下すベテラン女優で、今度は彼女が京子を辱める側に回る。監督は、処女ではないこと、快感を演じられることを証明させるのだと言って、舞台裏で京子に性的暴行を加え、女優たちはそれを聞いて笑う。撮り直しのたびに、役と本人の境目はわからなくなっていく。

過去の断片が浮かび上がる。性の話を天気の話のようにする家族の食卓、亡くなった母、父と継母、そして死にたいと言い、同級生を説き伏せて自分を殺させた妙子。京子は家に帰り、ポルノ映画に出ることになったと告げ、父と継母の偽善を責め、父に処女を奪ってほしいとすがるが、父は彼女を振り払う。京子は通りで最初に出会った男に同じことを頼む。森の中で男は荒々しくなり、京子を犯す。だがやがて京子が指図を始め、行為の意味が変わっていく。オーディションで、撮影隊は京子を売女と呼び、いちばんつらい記憶を言えと迫る。それは妙子の死だった。

京子と典子の役を入れ替えて撮り直すなか、京子は崩れ落ち、妙子の名を呼びながら床を這う。最後、ひとり部屋にいる京子のもとに、生きている妙子が誕生日のケーキを運んでくる。京子はケーキに何度も顔を突っ込み、この国の女は決して自由になれないとわめく。天井から色とりどりの絵の具が降りそそぐ。父と継母が交わる姿を目にした京子は、出口を求めて叫びながら這って逃げていく。

主な出演

  • 冨手麻妙京子役

    もてはやされる若い小説家で芸術家。あるいはそれを演じる女優で、撮り直しのたびに自分が誰なのかを見失っていく。

    京子の物語

    京子は時代の寵児ともてはやされる若い小説家。亡き妹・妙子の幻と語り、マネージャーの典子をいたぶったあげく、取材に来た女たちに彼女を犯せと命じる。そこで「カット」の声がかかる。すべては映画の撮影で、京子は新人女優、典子はそれを見下すベテランだった。京子は舞台裏で監督に性的暴行を受け、女優たちはそれを聞いて笑う。撮り直しのたびに、役と自分の境目は崩れていく。家では父と継母の偽善を責め、父に処女を奪ってほしいとすがって振り払われる。通りで声をかけた男には森の中で犯されるが、やがて京子が指図を始める。オーディションでは、いちばんつらい記憶は妙子の死だと答える。最後は、この国の女は自由になれないとわめき、出口を求めて叫びながら這っていく。

  • 筒井真理子典子役

    京子に従順なマネージャー。あるいはそれを演じるベテラン女優で、カメラが止まると京子をいたぶる側に回る。

    典子の物語

    典子は京子のマネージャー。予定を分刻みで管理し、どんな命令にも従い、何度も辱められたあげく、裸にされて、取材班の女たちに彼女を犯せという命令が下される。だが「カット」の声がかかると、典子は経験の浅い新人を見下すベテラン女優の顔になる。カメラの外では、台本の場面をなぞるように、今度は彼女が京子を辱める。撮り直しの最中に京子が崩れると、クビにして別の女優に替えろと怒りをあらわにする。最後に場面は、ふたりの役を入れ替えて撮り直される。典子が寵児を演じるその撮影のなかで、京子は崩れ落ち、亡き妹の名を呼びながら床を這う。

  • 福田愛美妙子役

    京子の妹で、ピアノの得意な少女。すでに亡くなっているが、幻となって京子の前にたびたび現れる。

  • 坂東工原口あやお役

    劇中で撮られている映画の監督。「時代のカリスマとしての京子」を演じる京子の芝居に、ことごとくだめを出す。

この作品が問いかけるもの

『アンチポルノ』は、日活ロマンポルノ45周年を記念した「ロマンポルノ・リブート」の一本として、上映時間70分前後、10分に1回程度の濡れ場という約束事のもとで作られた。園子温監督は一度は依頼を断り、アンチポルノなら撮れると言うと、それでもいいとなったと語っている。映画は合わせ鏡のようだ。女を辱める女、そのふたりを辱める監督、性を気軽に語りながら、娘がそれを実行しようとすると震え上がる家族。問われるのは、映画業界と家庭の両方で女性に向けられる性的な搾取、そして劇中の台詞から組み立てられた宣伝文句「処女なのに売女 自由なのに奴隷」が言い当てる板挟みだ。評価は割れ、注文主である業界の搾取を暴いたと讃える声もあれば、あまりに露骨だとする声もあった。出口を求めて叫ぶ女という最後の姿が、もっとも率直な主張なのかもしれない。