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Cinema 月明かりの映画館

24時間ずっとLOVE

Duck Butter

2018映画アメリカ

465作品の星図のなかで見る

ストーリー

結末まで書いています。

二人の女が24時間を共に過ごし毎時間セックスすることで、恋愛の“嘘の段階”を飛ばそうとする。

ロサンゼルスの若い俳優ナイマは、初めての大きな映画の撮影に入ったばかりだ。監督のマーク・デュプラスとジェイ・デュプラスからは、心を開いていないと遠回しに言われる。レズビアン・バーで、彼女は自由奔放な歌い手で芸術家のセルヒオと出会う。野次を飛ばす客たちを、おぼつかない歌で味方につけてしまう女性だ。ふたりは一緒に帰る。セルヒオには考えがあった。ある相手と24時間を過ごし、1時間ごとにセックスをして、互いを知るのにかかる何か月もを早送りする。取りつくろう段階を飛ばしてしまうのだ。ナイマは断る。親友のエレンは、普通にお茶をすればいいのに、とあきれる。

翌日、ナイマは映画を降ろされる。その夜、彼女はセルヒオの家に現れ、あの実験をしたいと言う。警戒するセルヒオは、途中で帰らないと約束させる。夜どおし、ふたりは作品をつくり、体を重ね、これまでの人生や、男女を問わない昔の恋人たち、そして母親のことを語りあう。眠らないまま高揚したナイマは、自分をくびにした監督たちに下品なメールを送ってしまう。何ごとにも率直で無防備なセルヒオに、不安で自意識の強いナイマは、あるときは胸を躍らせ、次の瞬間には苛立つ。

朝、ふたりは、父が買い与えたナイマの家で朝食をとる。セルヒオの母スサナも一緒だ。娘が出演する音楽の発表会を聴きに来ているのだ。スサナは娘の芸術をけなし、忘れものを取りに戻ってきたとき、ナイマは彼女の目の前でセルヒオに口づける。そこから一日は険悪になっていく。息苦しくなったナイマは、セルヒオが離れていくことをなかば期待して、彼女の友人カップル、キャシーとグロウとのグループセックスを提案するが、始まると耐えられなくなり、ふたりは帰ってしまう。バスルームに閉じこもるナイマに、セルヒオは子どものころ母への当てつけにしていたように、鍋に排泄して仕返しをする。続く口論で、セルヒオは、あなたは一度も正直じゃなかったとナイマを責め、家を出ていく。発表会で、セルヒオはエルヴィス・プレスリーの歌を無伴奏でカバーする。セルヒオの犬に一晩じゅうおびえていたナイマは、通りで見かけた犬を保護する。

主な出演

  • アリア・ショウカットナイマ役

    ロサンゼルスの不安で自意識の強い若い俳優。映画を降ろされたその日に、セルヒオの24時間の実験に応じる。

    ナイマの物語

    初めての大きな映画の撮影で、ナイマは監督たちから心を開いていないと言われる。バーで出会ったセルヒオの家に行くが、24時間をともに過ごし、1時間ごとに体を重ね、何も隠さないという提案は断る。翌日、映画を降ろされると、その夜のうちに訪ねていき、途中で帰らないと約束する。夜どおし、胸を躍らせたかと思えば苛立ち、眠らない高揚のまま監督たちに下品なメールを送る。朝食のあと、娘をけなしたセルヒオの母の前で口づける。息苦しくなると、相手が離れていくのをなかば期待してグループセックスを持ちかけ、耐えられずにバスルームにこもる。一度も正直じゃなかったと責められ、ふたりは別れる。犬に一晩じゅうおびえていたナイマは、通りで見かけた犬を保護する。

  • ライア・コスタセルヒオ役

    自由奔放な歌い手で芸術家。恋のゆっくりした段階を飛ばそうと持ちかけ、ありのままの自分を丸ごと受けとめてほしいと願う。

    セルヒオの物語

    セルヒオはおぼつかない歌で客席をつかんでしまう。暮らし方も同じで、何ごとにも率直で無防備だ。取りつくろう何か月もを飛ばすため、24時間をともに過ごし1時間ごとに体を重ねようと持ちかけ、ナイマが戻ってくると、警戒して途中で帰らないと約束させる。夜どおし、ふたりは作品をつくり、体を重ね、昔の恋人や母親のことを語りあう。朝食の席で、母スサナは彼女の芸術をけなす。グループセックスにしぶしぶ応じ、それが崩れてナイマが閉じこもると、子どものころ母への当てつけにしたように鍋に排泄し、あなたは一度も正直じゃなかったと責めて出ていく。発表会では、カバー曲をめぐる言い争いを思わせるように、エルヴィス・プレスリーの歌を無伴奏で歌う。

  • メイ・ホイットマンエレン役

    ナイマの親友。実験なんて正気の沙汰ではない、普通にお茶をすればいいと考えている。

  • ホン・チャウグロウ役

    セルヒオの友人カップルのひとり。ナイマがグループセックスを提案したときに呼ばれる。

  • ケイト・バーラントキャシー役

    グロウのパートナーで、セルヒオの友人。その夜が崩れると、グロウとともに帰っていく。

この作品が問いかけるもの

この映画は、親密さを早回しにする実験だ。恋のはじまりが、自分のいちばんいい面をゆっくり演じることだとしたら、見知らぬふたりがすべてを、体から先に差し出してしまったら何が起きるのか。映画の答えは、セックスは早送りできても、正直さは早送りできない、というものだ。共同脚本も手がけたアリア・ショウカットが主演し、クィアの情報サイト、オートストラドルは、性愛の場面が生々しく、男性のまなざしのために撮られていないと評価した。一方、長編には物語が薄いとする批評も多かった。見どころは、ふたつの恐れの正確な描き分けだ。自分を見張り続けるナイマの不安と、ありのままを丸ごと、いますぐ受け入れてほしいセルヒオの渇き。親密さは設計できるのか、育てるしかないのか。すべてを語り尽くした一夜のあと、ふたりは互いの何を知っているのか。