同じ遺伝子の3人の他人
Three Identical Strangers
ストーリー
結末まで書いています。
秘密の研究のため出生時に引き離された三つ子。実録犯罪としての愛着理論。
1980年、19歳のロバート・シャフランは、ニューヨーク州北部のサリバン郡コミュニティ・カレッジに初めて登校し、見知らぬ学生たちから「エディ」と呼ばれて迎えられる。エディ・ガーランドの友人がそのわけに気づき、ロバートはその日のうちにエディと対面する。ふたりとも養子で、7月の誕生日まで同じだった。双子だったのだ。新聞がこの話を報じると、クイーンズ・カレッジの学生デヴィッド・ケルマンが、写真の中に自分の顔を見つける。兄弟は三人いた。
ティム・ウォードル監督のこのドキュメンタリーは、当時の映像と再現場面、兄弟や家族、ジャーナリストのローレンス・ライトらへのインタビューで、その後をたどる。最初はおとぎ話だった。三人はそろいの服でトーク番組に出て、同じアパートに暮らし、マドンナの映画にも顔を出し、ソーホーに「トリプレッツ」という店を開く。同じ銘柄のたばこを吸い、高校ではそろってレスリングをし、好きになる女性のタイプまで同じだった。
やがて物語は暗転する。三人は生後6か月のとき、養子縁組機関ルイーズ・ワイズによって、労働者階級、中流、裕福な家庭へと意図的に振り分けられていた。精神科医ピーター・ヌーバウアーが率いる研究のためで、研究者たちは何年も各家庭を訪ねて観察を続けた。親たちは通常の発達調査だと聞かされ、ほかの兄弟の存在は知らされなかった。親たちが機関に説明を求めた日、忘れた傘を取りに戻ったロバートの父は、職員たちがシャンパンで乾杯しているのを見たと、継母は語る。三人はそろって心の不調を抱え、店の共同経営で関係はきしみ、1995年、躁うつ病と診断されていたエディは自ら命を絶つ。
研究は発表されず、記録はイェール大学で2065年まで封印されている。映画の製作が始まってから、デヴィッドとロバートは数千ページの記録を受け取るが、大半は黒塗りで、結論はどこにもなかった。エンドクレジットには研究そのものが撮った映像が流れる。幼い三人が、それぞれひとりきりで、カメラの向こうの誰かのためにパズルを解いている。
主な出演
大学の初日にエディと間違えられた兄弟。その偶然から三人の再会が始まった。
労働者階級の家庭で育った三人目。双子を報じる新聞の写真に自分の顔を見つけた。
エドワード(エディ)・ガーランド本人(記録映像)
中流家庭で育ち、養父とぶつかり合ってきた兄弟。1995年に自ら命を絶った。
1995年に『ザ・ニューヨーカー』誌の記事で、双子を引き離した研究を初めて明るみに出したジャーナリスト。
この作品が問いかけるもの
『同じ遺伝子の3人の他人』は、いちばん幸福な種類のニュースとして始まり、科学における同意をめぐる映画へと姿を変える。三人の赤ん坊は引き離され、何年も観察された。本人にも、育てた親にも、真実は告げられなかった。映画はその事実を、自分がどこから来たのかを知りたいという、ごく当たり前の願いの隣に置く。生まれか育ちかという表向きの問いに、映画は答えを出さない。より深い問いは、誰にそれを決める権利があったのか、そして知らされないまま研究の対象にされた人に何が償われるべきなのか、だ。実験として配置された家族のなかを、心の病と喪失がどう伝わっていくのか。答えの多くは今も封印されている。2018年のサンダンス映画祭では、米国ドキュメンタリー部門の審査員特別賞を受けた。見終えると、おとぎ話と悲劇は同じ映像だったとわかる。