快楽の原則 -私たちの歓びを求めて-
The Principles of Pleasure
Journalでの言及
Journal顔は、朝からずっと働いている。Journal身体が報告をやめたのは、誰もそれに従わなかったからだ。ストーリー
結末まで書いています。
女性の快楽の科学を、体、心、関係と同意の3話でたどる。医学も学校も、それをほとんど語ってこなかった。
女性、そしてトランスジェンダーやノンバイナリーの人々の性の快楽と、それについて科学や医学や学校がいかに知らず、語ってこなかったかを追う、全3話のドキュメンタリーシリーズだ。監督はニハリカ・デサイ、ナレーションは俳優のミシェル・ブトー。アニメーションや図解を交えながら、心理学者ロリ・ブロット、性の精神生理学者ニコール・プラウス、性教育者エミリー・ナゴスキーらに話を聞く。人種も性的指向も体型もさまざまな女性やノンバイナリーの人々も、性と恥を最初に教わったときの記憶を語る。冒頭、ナレーションは問いかける。自分の体と欲望について恐れずに学べていたら、その後の人生はどう違っていただろう、と。
第1話は、性の研究と性教育の歴史をたどる。ブロットは、女性の性がいかに長く病の原因とされてきたかを語る。子宮が体内をさまよって心を乱すという古代ギリシャの考えが、ヒステリーという言葉を生んだ。フロイトはクリトリスによる絶頂を退け、1948年版の『グレイ解剖学』からはクリトリスそのものが消えた。その全体の形を初めて描き出したのは、2005年、オーストラリアの泌尿器科医ヘレン・オコネルだった。絶頂の男女差、処女膜をめぐる俗説、大人のおもちゃも取り上げられる。第2話は、脳とホルモン、そして何がエロティックに感じられるのかへ進む。シリーズは性器の反応と欲望を切り分ける。体が反応していても、心が同意しているとは限らない。プラウスは、女性の興奮や絶頂を調べる研究計画が、自身のものも含めて退けられてきたことを語る。第3話は、惹かれるものと冷めるもの、相手に求めるもの、スウェーデン出身の監督エリカ・ラストの作品を含むポルノ、そして同意を扱う。最後にたどり着くのは、全話を貫く考えだ。快楽は体と同じくらい心に宿り、誰もがそれを受け取っていい。
主な出演
この作品が問いかけるもの
このシリーズの主張は、穏やかに聞こえて、じつは鋭い。女性の快楽は科学からも医学からも学校教育からも抜け落ちてきた。そして、それには理由があった。クリトリスの全体像が描かれたのは、2005年になってからにすぎない。研究者たちは、興奮や絶頂の研究が資金を得られなかった経緯を語り、ある批評家はそれを科学界の男性たちの居心地の悪さのせいだとまとめた。その結果は私生活の中に現れる。男女の絶頂の頻度の差に、子どものころに覚えた恥に、体の反応と本人の同意との取り違えに。シリーズはまた、これまで性を語ってきたのが主に白人で、シスジェンダーで、障害のない人々だったことに何度も立ち返り、そこから外されてきた人々に時間を割く。主題は技術ではない。誰が自分の体を知ることを許されてきたのか、である。