空気人形
Air Doll
Moonlightの読みもの
Cinema『空気人形』と、満たされることと見られることのあいだこの一篇を読むストーリー
結末まで書いています。
心を持ったダッチワイフが東京を歩く。使われることと見られたいこと。
レストランで働く中年男の秀雄は、古い木造アパートでラブドールと暮らしている。「のぞみ」と名づけ、夕食のたびにその日の愚痴を聞かせ、髪を洗ってやり、車椅子で公園へ連れ出し、夜は抱いて眠る。ある朝、秀雄が出かけたあと、人形は瞬きをして起き上がり、軒先の雫に触れて「キレイ」とつぶやく。心を持ってしまったのだ。メイド服のまま街へ出たのぞみは、レンタルビデオ店の店員・純一に惹かれ、その店で働き始める。
のぞみは街を眺めて覚えていく。幼い娘とその父親、過食症の若い女性、交番にその日のニュースを話しに来る未亡人、死期の近い元国語教師の敬一。「私は空っぽ」と言うのぞみに、敬一は「君だけではない」と答える。自分が性欲処理の代用品で、型遅れの安物であることも、のぞみは知る。店で腕に穴があき、しぼんでいく彼女を見た純一は、テープで穴をふさぎ、息を吹き込んで元に戻す。のぞみは空気入れを捨てる。だが、秀雄と一緒のところを見ていた店長に、純一に黙っていてほしければと関係を迫られ、のぞみは拒めない。
ある夜、秀雄は新しい人形を「のぞみ」と呼んで誕生日を祝っていた。自分のどこが好きだったのかと問うのぞみに、秀雄は、元の人形に戻ってくれ、心を持たれると面倒くさい、と言う。家を出たのぞみは、自分が作られた工房を訪ねる。人形師の園田は、戻ってきた人形はそれぞれ違う顔をしている、だから人形にも心はあると思う、と語り、古くなった人形は燃えないゴミとして出すのだと教える。のぞみは「生んでくれてありがとう」と告げる。
何でもしてあげる、と言うのぞみに、純一が望んだのは、彼女の空気を抜いてはまた吹き込むことだった。眠った純一に同じことを返そうとして、のぞみは彼の腹を切る。栓は見つからない。テープで傷をふさぎ、息を吹き込み続けるうちに、純一は息絶える。のぞみは彼をゴミ袋に入れて集積所に置き、自分の腕のテープをはがして空気を抜くと、燃えないゴミの日の集積所に横たわる。出会った人たちに誕生日を祝われる夢を見ながら。一度も会ったことのない過食症の女性が、窓からその姿を見下ろして「キレイ」とつぶやく。
主な出演
ペ・ドゥナのぞみ役
ある朝、心を持ってしまったラブドール。持ち主の留守に街へ出て、恋をする。
のぞみの物語
のぞみは秀雄の部屋で心を持ち、空や海、誕生日、年を取るということを知っていく。自分が性欲処理の代用品で、型遅れの安物だということも知り、嘘をつくことも覚える。純一に息を吹き込まれた翌日には空気入れを捨て、秀雄を避けて自分で体を洗うようになる。秀雄のことを黙っていてやる代わりにと、店長に関係を強いられる。心を持たれると面倒くさいと秀雄に言われて家を出ると、自分を作った人形師に「生んでくれてありがとう」と告げ、純一には何でもしてあげると言う。眠る純一に、彼がしてくれたように自分の息を吹き込もうとして、のぞみは彼を死なせてしまう。燃えないゴミの日、彼女は集積所に身を横たえ、出会った人たちに誕生日を祝われる夢を見る。
ARATA純一役
レンタルビデオ店の店員。しぼんだのぞみに息を吹き込む。彼女は彼の中に、自分と似た空虚を感じ取る。
純一の物語
純一はレンタルビデオ店で働き、何も知らない新入りの質問に、当たり前のように答えていく。映画のこと、空に何があるのか、タンポポはなぜ枯れなければならないのか。店でしぼんでいくのぞみを見つけると、テープで穴をふさいで息を吹き込み、ほかにもたくさんいるんでしょうと言う彼女に、僕も同じようなものだと答える。彼の部屋には、映画が何も説明しない女性の写真の束がある。君が誰かの代わりなんてことはないと言い、何でもしてあげると言われると、彼女の空気を抜いてはまた吹き込むことを繰り返し、涙を流したまま眠る。同じように自分を満たそうとするのぞみに、目を覚ました純一は栓の場所を答えず、そのまま息絶える。
板尾創路秀雄役
人形の持ち主。毎晩人形に語りかける孤独な中年男で、人形が人形のままでいることを望む。
秀雄の物語
秀雄はファミレスで働き、お前の代わりなんていくらでもいると叱られている。家で人形に聞かせる仕事の愚痴は、じつは自分の失敗のことばかりだ。いつもより100円高いシャンプーで人形の髪を洗い、お前は歳をとらなくていいなと話しかけ、車椅子で公園へ連れ出す。人形が心を持ったことには気づかず、レンタルビデオ店でその人形に応対されても、相手が誰だかわからない。のぞみが物置に隠れるようになると部屋じゅうを探し、やがて新しい人形を買って同じ名前で呼び、誕生日を祝う。自分のどこが好きだったのかと問われても答えられず、元の人形に戻ってくれ、こういうのが面倒くさいから人形がよかったのだと言う。家を出た彼女を追いかけるが、二度と会うことはない。
オダギリジョー園田役
のぞみを作った人形師。人形にも心はあると信じている。
高橋昌也敬一役
死期の近い元国語教師。代用教員として生きてきた老人で、空っぽなのは君だけではないとのぞみに語る。
この作品が問いかけるもの
『空気人形』は、男の孤独をもっとも即物的に引き受けてきたもの、ラブドールの側に立って世界を見る。のぞみは買われ、名前を与えられ、使われ、修理され、何かを望んだとたんに「面倒くさい」と言われる。是枝裕和は、この映画が描くのは都会の孤独と、人間であるとはどういうことかだと語っている。人形のまなざしは、周りの人間たちの空洞も映し出す。言い返さない相手を選んだ男、若さにしがみつく受付の女性、代用品として働いてきた老教師。彼女の体は持ち主に使われ、脅してきた店長にも使われる。映画が最後に残す問いは重い。使われることでしか愛を学べなかった者にとって、心を持つことは贈り物なのだろうか。